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***  彼女を駅で見かけてから一か月ほどが経った。  彼女はいつもほぼ決まった時間に駅のホームに上がってきて、決まった場所で電車を待つのがわかった。彼女は電車を待つ間、いつも線路を凝視していた。その瞳はもの憂げにも見えた。  まさか自殺なんて考えてはいないよな。  俺は不安に思うようになった。だが、彼女は俺のそんな心配をよそに、いつも通り電車に乗るのだった。 そのたびに俺は安堵した。自分の考えすぎだったと。  彼女から一定の距離を保って気づかれないように観察する俺に、彼女が気づくことはなかった。自分がしている行動がストーカーじみていることに気づいてはいた。声をかけるほうが健全だとも思っていた。  紗代に知られたら何て言われるやら。  それでも俺は彼女に声をかけることができずにいた。彼女には痴漢の日のことを思い出してほしくなかった。  彼女の視線はいつも線路にある。でも線路を見ているわけではないのかもしれない。  彼女は何を考えているのだろう。  始めは痴漢に合わないように見守ろうと思って、彼女を見ていた。それが自殺をしないか不安になって見るようになった。でもそんなのは理由づけに他ならないかもしれない。  俺はだんだんと彼女自身に興味が湧くのを止められなかった。  その日も彼女から微妙な距離をとって、俺は電車を待っていた。彼女はいつも通り線路を見ている。何も変わらない一日の始まり。  そのとき。いたずらな風が彼女の髪を巻き上げた。彼女は困ったように首を左右に揺らしながら手で髪をとかす。その彼女がこちらを向いて、ぴたりと動きを止めた。  髪を整えようとする手は止まり、彼女の瞳が大きく見開かれた。  俺の心臓がどくんと跳ねる。  気づかれた……?  俺は彼女から視線を逸らすのも忘れて、彼女の黒い大きな瞳に見入った。頭では、目を逸らして平静を装わなければならないとわかっていた。けれどできなかった。これでは不審に思われても仕方ない。  ドクドクと自分の心臓の音だけが聞こえる。  永遠にも思える一瞬。  あの日涙をこぼした彼女を、俺は思い出していた。綺麗な瞳はあの日のまま。  目が合っただけでこんな。何なんだ、これは。  電車がホームに入ってきた。  俺は我に返った。もの言いたげな彼女の視線を受けながら、俺は彼女がいつも乗る車両の隣の車両に乗った。全身が心臓になったかのようだった。俺は彼女の車両のほうを見ないようにして、早く降車駅へ着くことを願った。  
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