2人が本棚に入れています
本棚に追加
「つまんねぇな」
「そうですか」
私の上司が頬杖をつきながら、書類を置いた。テーマは街頭インタビューで、『みんなの鞄の中を見てみよう!』というものだった。テーマ自体はありふれている。鞄の中を見て不思議なものや役に立つ知恵などを特集にする予定だ。毎年恒例のインタビューで、企画書も去年とほとんど変わらない。
「だってよ。ずっと一緒だぜ。飽きてるんだよなぁ」
「……まぁ」
否定できない。実際、マンネリ化しているとは思っていた。鞄の中身は流行りの化粧品や文房具、センスがいい感じの財布などだ。それでも読者アンケートは悪くはない。
「ちょっと違うことをしてみないか?」
「……例えば?」
「ポケットの中インタビューとか」
「はぁ?」
意味がわからない。私は口を半開きにして、目の前の男を見た。聞き耳を立てている同僚たちも動揺しているようだ。囁き声がうるさいくらいに聞こえる。
「大きく変えると反発がくるだろ?だから鞄をポケットの中に変えるんだよ。それくらいだったら誰も文句言わない」
「規模が小さくなってるだけじゃないですか。人のポケットを見て何が楽しいんですか」
「じゃあ他人の鞄の中を見て、何が楽しいんだよ」
「……それはちょっとプライバシーとかプライベートなところを見てる気がするから楽しいんでしょう」
「趣味悪っ」
「読者に怒られますよ」
楽しみにしている読者もいるはずだ。
「もっと上品な雑誌にしようぜ」
「ポケットの中を見ることが上品ですか?」
「いいから一回やってみよう」
企画書の『鞄』が『ポケット』に赤字で書き換えられる。視界の端で頭をかかえる人が見えた。
「失敗したらその時だ」
その時怒られるのは企画書を作った私であなたではない。失敗して怒られるだけじゃない。結局『鞄』に戻る可能性もある。
「いいか。100人に話を聞いてくるんだ。ポケットの中に何も入れていない人、無回答は数に入れるなよ。あとはスマホ、財布も面白くないからナシだ。じゃあ健闘を祈る」
シャキッと、昔の映画よろしく敬礼のような動作をした上司に見送られ、私は渋々編集部を発った。
最初のコメントを投稿しよう!