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7.彼女を求めて
7.彼女を求めて
墓前で手を合わせたいと思ったが、横山に墓苑を尋ねるのはためらった。
「お前がもっと早く彼女を迎えに行けばよかったのじゃないか?」横山の声が聞こえたような気がした。
もちろん横山がそんなことを言うわけがない。美子の死を知り自分が壊れそうになったのを励ましてくれたのだ。俺は一緒にいるぞと言ってくれたのだ。
横山は僕が優柔不断なことをよく知っている。だから僕はねじ曲げて、素直に聞けないのだ。
せめて、彼女と最後に会ったあの駅で手を合わせたいと思った。
彼女と別れた駅に足を運んだ。
夕方、都心でのデートの後、軽い夕食をともにし、そして彼女を送り届けた この駅で、彼女の死を悼みたかった。
日が落ち、周囲は薄明りに包まれ、ホームの明かりが対照的だった。
30年の歳月が駅の様子を一変させていた。
上りホームには落下防止のホームドアがあり、ホームの上には屋根ができていた。
上り下りのホームにはエスカレーターやエレベーターが完備され、改札も自動化されて昔の面影はなかった。
僕は下りホームを降りると上りホームに行った。
ホームに立ち、彼女はもうこの世にいないと確認して、自分の行動に唖然とした。
無意識に上りホームに来たが、もう二度と彼女が下りホームに降りてくることはない。
だから、上りホームから下りホームを見つめる必要もない。
僕は再び下りホームに戻った。彼女を最後に送った改札のあるホームだ。
電車が到着し、乗客が降りてくる。
改札でサラリーマンを迎える夫人と小さな子供の姿を見た。結婚していたら、彼女も同じように僕を迎えに来てくれたかもしれない。
涙があふれそうになった。
手に花束やケーキらしい紙のバックを持っている人たちがいる。彼らには、暖かい家庭で妻子が待っているのだと思った。
20分ごとに下りの電車が到着し、乗客が乗降すると発車していった。
僕は降車客の若い女性を眺めながら、僕の記憶が間違っていたことに気づいた。
いつも僕が、彼女を改札まで送っていたと思っていた。
だが、彼女が僕をホームで見送ってくれたこともあったのだ。
あの時、電車が来るまで、冬のホームで二人肩を寄せ合い、彼女は僕のコートのポケットに手を入れていたのだ。
その感触を30年ぶりに思い出し、コートのポケットに突っ込んだ左手が温かくなったような気がした。
「もう感傷はいいだろう? 帰ろうか」
と頭の中でもう一人の僕が言った。
僕はその声で帰る決心をして、改札に向かって心の中で懺悔した。
「美子、済まない。君が独身だった理由が僕なら何と誤ればいいのだろう。
君が見合いをした男性と別れる時、僕に勇気があれば、『美子、君が好きだ。もう一度やり直したい』というべきでした。過去は変えられない。だから今、僕は君を不幸にしたかもしれない因果を受けています。退職を前に何の希望もない僕はこれからどう生きていくか悩んでいます。どうか天国でお母さんに慰めてもらってください。美子一人で頑張ったねと」
僕は改札に一礼した。
彼女が改札を出て行ったような気がした。
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