1 突然の電話

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1 突然の電話

1 突然の電話  初春の夜、時計が午後8時を告げると同時に、スマホの着メロが鳴り響いた。  学生時代の友人、横山からの予期せぬ電話。 「しばらく。元気だったか?」  横山の声に年齢を感じさせない響きがあったが、どこか重みを帯びた問いかけが込められていた。 「横山か? 久しぶりだな。30年位会っていないよな。年賀状には何も書いてなかったぞ。何かあったか」  30年以上もの歳月を年賀状だけで繋いでいた二人。  学生時代は飲み仲間だったが、就職や結婚を機に疎遠になっていた。 「高橋、お前独身だろ。結婚の案内状もらったことないよな」 「ずいぶん、はっきり言うな。確かに独身だ」 「交際している人いるのか?」 「突然電話してきて、何が言いたいんだよ。付き合っている人はいないよ」 「ちょっと難しい話があって…」  横山の声が急に変わり、不穏な空気が漂った。 「何だよ?」 「青木美子さん、お前の昔の恋人、亡くなったんだ」 「え!?」 「青木美子さんが亡くなったんだよ」  横山はため息交じりに告げた。 「青木美子さんが亡くなった?」  聞き間違いではないかと思って繰り返した。 「まさか…」 「おい、大丈夫か?」 「いや、ちょっと言葉にならない。悪い、ちょっと待ってくれ」  僕はスマホを保留し、心が動揺し、涙声になりそうになって、心を落ち着かせた。 「なんでこんなことが…病気だったのか?」 「いや、交通事故だ」 「交通事故? 詳しく話してくれ」 「青木さんが仕事から帰る途中、自宅近くの道路で、後ろから来た車に轢かれたんだ。運転手のわき見運転が原因らしい」 「わき見運転の車に轢かれた?」 「そうなんだ。それで、病院に搬送されたんだけどな。意識がないまま2日後亡くなったらしい」 「意識がないって? 苦しまなかったということなんだよな? でもどうして後ろから轢かれたんだ。いつも通る道だったのか? 運転手がわき見運転ってどういうことだよ。運転手は若いのか? 高齢者か?」  僕は焦るように早口で言った。 「ちょっと待ってくれよ。僕だって詳しくは知らないんだ。病院に行ったわけじゃないし。青木さんの親族に詳しく聞くこともできないしな」 「うん、……そうだな。じゃ、葬儀はいつだ? 僕も参列したい」 「4ケ月前だ。だから葬儀も、法要も終わっている」 「何だって?」  横山の言葉に僕の頭は混乱した。  横山が葬儀の連絡をしなかったのは事情があるに違いない。  だが、そんな事情を推測する間もなく、怒りの感情が言葉を突いた。 「なぜ連絡してくれないんだよ!」 「僕も迷ったんだ。お前、青木さんと別れただろ。だからさ……」  僕は、興奮した自分が恥ずかしくなり、大きく息を吸って言った。 「僕に気を使ってくれたのか」 「ああ……家内が葬儀に参列したんだけどな。ご両親は亡くなっていて、彼女独身だったそうだ。それで、喪主はお姉さんだったというんだ」 「青木さんが独身だった? 離婚したということか?」 「いや、ずっと独身だったらしい。それで、葬儀が終わってからしばらくして、……家内が青木さんは、お前のことをずっと思っていたのじゃないかって言ったんだ。だが、話すべきか、なかなか決断つかなくてな。でも、お前が独身で恋人もいないなら、やっぱり伝えた方がいいと思ってな。それで、独身か? と質問したんだ。連絡が遅くなって申し訳ない」 「待ってくれ。スマホ保留させてくれ」  僕は、横山の言葉で、青木さんと交際したころの思い出がよみがえり、嗚咽しそうになってスマホをまた保留した。 「連絡してくれてありがとう」 「本当に大丈夫か。今度電話してくれよ。健一、悲しいのは当然だけど、立ち直るためにも頑張らなきゃいけない。美子さんだってそう望んでるはずだ」 「ありがとう」  というのが精一杯だった。震える手でスマホを切った。  数日して横山から連絡があった。 「お前が心配でな。人生って予測不可能だ。でも、今は美子さんのことを思い出して悲しむのも大切だけど、未来を見据えて前に進むことも大事だと思う」 「なんでこんなになってしまったんだろう」 「お前が悪いわけじゃない。だからこそ、美子さんの分までしっかり生きていくんだ。お前にとっても、美子さんの思い出は大切なものだろう?」 「そうだけど…」 「だからこそ、美子さんが望む未来を考えるんだ。きっと乗り越えていけるよ」 「ありがとう、横山。君には感謝するよ。なんかまだ信じられないんだよ」 「時間がかかるかもしれない。だけど、俺は一緒にいるから。いつでも電話してくれよ。家内も心配しているんだ」 「ありがとう、横山」 「それから、これは、話すかどうか迷ったんだけどな」 「まだ、何かあるのか」 「実は、美子さんは亡くなる前に家内に会ったそうなんだ。それで、なんとなく、お前の話になって、お前から結婚の知らせがなかったから、妻は美子さんにお前が独身じゃないかと言ったというんだよ。そうしたら、美子さんは改めて家内に電話してきて、もう一度、お前に電話してもいいだろうかと相談したそうなんだ。家内はお前の気持ちを聞いてもいいんじゃないかと言って、お前の連絡先を教えたそうだ。お前の年賀状に電話番号載っていたからな。もしも美子さんが事故に巻き込まれなければ、お前に連絡をとっていたかもしれないんだよ。今更こんなことを言ってはお前をよけい傷つけることになるけどな。でもお前も美子さんが好きだったのなら、彼女の気持ちは伝えた方がいいと思ったんだ」 「ありがとう、もしかしたら美子が連絡してきたかもしれないのか? なんで事故にあったんだろう。会いたかった」 「そうだな、辛いよな。会えていたかもしれないなんてさ。これからもずっと友達だ。美子さんもきっとどこかで見守ってくれている」 「そうだな。美子、安らかに……」  僕はスマホを切った。
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