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3.彼女に何が起きたのか
3.彼女に何が起きたのか
北海道に転勤し、古びたアパートに引っ越してきた。
同僚や他社の仲間たちはみな20代から30代まで。
まだ携帯電話が一般的でなかった時代。
夜になれば、固定電話の前には列ができ、新参者として気を使わねばならなかった。
同僚たちは長電話になると無言の圧力をかけてきて、会話が急に丁寧語に変わった。
「次の人が待っているのね」と、彼女が言ってくれた。
待っている人がいる時は5分で電話を切り、後でかけ直した。
土日も電話をした。
10円玉を電話機の上に並べ、話すことが日常となった。
しかし、仕事が忙しくなり深夜の帰宅が続くと、電話をかけることに躊躇するようになった。
彼女は仕事と母親の病気の世話をしており、その苦労が見て取れた。
電話の頻度が減り、土日だけの電話に変わっていった。
新しい女性ができたわけではないが、結婚を前提に進めていた関係が、会うことがなくなって情熱を失っていった。
遠距離恋愛も乗り越えられると信じていたが、仕事のストレスで彼女への思いが薄れてしまった。
彼女と深い関係になれていなかったこともある。
何度も食事を共にしたが、本音を語り合うほど酒を酌んだことはなく、また共に眠ったこともなかった。
彼女は不満を口にせず、自分から電話をかけてくることもなかった。
彼女が同僚たちにからかわれるのを気にかけてくれていたのかもしれない。
そのやさしさに依存してし甘えてしまった。
結局、仕事のストレスで彼女への興味が薄れていった。
自分勝手な男だった。
突然彼女と連絡が取れなくなってしまった。
暗い寮の中で響くのは、たった30秒の呼び出し音と、その後の無音の切ない空白だった。
彼女との連絡が途絶え、1か月が経とうとしていた。
電話の向こうで何が起きているのかを知らないまま、焦りと心配が胸を締め付けた。
お母さんが病気かもしれない。
彼女には電話できない理由があるのかもしれない。
そんな不安が頭をよぎる中で、少なくとも何かしらの連絡があるはずだという願いを抱えていた。
将来のことを話すつもりだったが、自分が数日に1回しか電話してこないことに気づき、期待するのは無理があったと悟った。
彼女は疲れ果てていた。
もっと彼女の悩みに耳を傾けるべきだった。
遠距離と仕事の焦りが、結果的に彼女を遠ざけてしまったと自責の念に駆られた。
他の男性が現れたのかもしれない。
彼女は聡明だ。男性が現れても不思議ではないだろう。
交際は終わってしまった。
仕事に没頭することで現実から逃れようと試みた。
しかし、仕事だけでは心の隙間を埋めることはできず、なんとも言えない不安感が日に日に増していった。
社交性に欠け、新しい友達を作ることもままならない中、地元のスポーツクラブに足を運ぶこともできなかった。
気晴らしを求め、僕は夜、寮の近くで一人マラソンに励んだ。
走りながら流す汗が、心の中の不安や孤独感を洗い流していく。
走りながら、心の中で問いかけた。
休暇を取ってでも彼女の元に行き、理由を確認するべきだったと。
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