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5.二人の男
5.ふたりの男
上りの列車が静かに駅に到着し、僕たちは同じ車両に乗った。
向かい合わせの座席に腰を下ろすと、そこに座っていたのは、がっしりとした体格の男性だった。
整った髪型、優しい表情、ズボンの折り目からは毎日のアイロンがけの行き届いた様子が伺えた。
光り輝く皮靴が印象的だった。
男性はネクタイの結び目を指で差し込み、それをゆるめた。
その一瞬の動作が真面目な印象を一段と際立たせていた。
僕は彼の容姿に対して劣等感を覚えた。
彼の背後に潜む見えない経歴に、僕は引け目を感じていた。
なぜ向かい合わせに座ったのだろうか。
彼女の幸福を確かめたいのか、振られた男の思いに触れたいのか。
結局、僕はみじめな思いをしただけで、自嘲することしかできなかった。
自分は別の世界に住んでいるのだと言い聞かせた。
それほど完璧に見える男性だった。
電車が発車すると、枕木の振動が体に伝わり、男性の口元が微かにほころびているように見えた。
それは電車の揺れだけが原因ではなく、彼女の思い出が口元を緩ませていた。
男性は時折、上を見上げて感慨にふけっているようだった。
僕も同じ気持ちだった。
男性の顔には紅潮したような表情が浮かび、彼女に心を奪われたのが伝わってきた。
なぜ自分は失恋の傷に塩を塗ろうとするのか。
席を立って別の車両に移ればよいのに、それができなかった。
振られたと自分に言い聞かせながらも、彼女と男性の姿から彼女との思い出がオーバーラップしてしまう。
失ったものの大きさに涙がこぼれそうになりながら、電車の振動に揺られて、二人の男は一人の女性を思い続けた。
僕は彼女の姿を繰り返し思い描いた。
身長約160センチ、細身の体、広い額に気高く美しいラインの横顔。
ホームで長く過ごしたので疲れていたらしい。
男性を見て彼女が幸せであることに安心したのかもしれない。
もう彼女は戻ってこないだろうと諦めがついた瞬間、振動に身を委ね、僕は眠りに落ちた。
男性がどこで下車したのか、僕には分からなかった。
「終点ですよ」と駅員の声で目を覚ますと、脱力感とともに、彼女を失った現実が迫ってきた。
失恋とは言え、拒絶された恋ではなかったという自分がいた。
思い出が膨らみ美化し、自分をがんじがらめにしていた。
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