8.プラットホームの少女

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8.プラットホームの少女

8.プラットホームの少女  混雑した電車がホームに止まり、降車客の喧騒から一歩引いたところで眺めていた。  その中で、美しい横顔が僕の視界に浮かび上がった。  微風に舞う彼女の髪が、やさしく揺れる。  端正な額に触れる光が、遥かな昔に感じた懐かしい雰囲気を呼び覚ました。  30年前の出来事が、まるで昨日のことのように甦る錯覚。 「あれは…?」と、振り返りながら、僕はその少女の美しい姿に引き込まれていった。  慌てて、ホームを降りる降車客の中をかき分け、彼女の後ろ姿を追いかけた。 「もしかして……高橋さんですか?」  と、少女が不意に踵を返し、驚きの表情で声をかけてきた。 「え! はい? 高橋ですけど、どうして名前を?」  僕は戸惑いながら言った。  目の前の少女は女子高生のようだった。 「私、山田美月といいます。私を見て驚きました? 誰かに似ていますか?」と少女は言った。  その瞬間、過去と現在が交差し、30年の時が一気に繋がった。  美月の笑顔が、まるで美子が30年前に僕に見せたような、さわやかな生き生きとした雰囲気を湧かせていた。 「ええ、ちょっと」 「それって青木美子さんですか?」 「そうです。でも、なぜその名前を?」 「青木美子さんは叔母さんなの。私の母の妹なんです」 「そうでしたか。本当に似ています。でも、どうして僕が高橋だと?」 「美子叔母さんの家で写真を見たことがあるの。美子叔母さんが友人の結婚式に出席した時の写真です。新郎新婦の周りに友人が10人いて、美子叔母さんの隣に高橋さんが写っていました」 「そうだったのですか!」  写真は存在しないと思っていた。交際中に写真を撮ったことがないからだ。  横山の結婚式で写真を撮ったことも忘れていた。  彼女の思い出は頭の中にしかないと思っていた。 「高橋さん、結婚していますか?」と少女は唐突に、明るい声で聞いてきた。 「いえ、独身ですけど」 「じゃ、交際している人はいるんですか?」 「いえ、いませんが」 「それなら、渡したいものがあるの。駅前のマックで待ってもらっていいですか」  少女は丁寧に言って改札を出ていった。  まるで気まぐれな突風のように少女は美子の香りを置いて消えて行った。
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