ラブホテルの隣室で

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「……油性だから涙じゃ落ちないんだな、その顔の赤いの」  いきなりそんな声が聞こえた。  お巡りさんにヘッドロックされていた僕は、ぎりぎりと顔を上げて声のしたほうを見た。  真崎さん(娘)がそこに立っていた。 「お巡りさん、すんません。その変態、あたしの知り合いなんですよ。そんなに悪いやつじゃないんで、それだけは言っときます」  真崎さんはスカートのポケットからくしゃくしゃの紙(もとはなにかのプリントのようだ)を取り出して、そこにさらさらと文字をメモして、僕に渡した。  メッセージアプリのIDだった。 「あたしはあんたとはたぶん全然気が合わない。だから連絡されても返信しない。でも、あんたのポケットには、あんなもんよりこっち入れとけよ」  それだけ言って、真崎さんは背を向けて去っていった。  もう包丁なんて入っていない、小ぶりなバッグを揺らしながら。  ただ、別のお巡りさんが猛スピードで彼女を追いかけて行ったが。  僕はコートも服も全てホテルに置いてきていたので、メモをしまうところがどこにもなかった。  だから手の中に握りしめた。  お巡りさんのヘッドロックよりも強く、僕は震える手で、その紙片を握りしめ続けた。 終
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