ラブホテルの隣室で

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■  夏休みの夕暮れ時。  僕の前方、十メートルくらいのところで。  歌舞伎町のラブホテルに、知らない中年男性と、制服こそ着ていないけれどどう見ても高校生のとても清らかそうなかわいい女子が一人、入っていった。  見たくもないものを見てしまったが、彼女たちの後ろから、別の女子高生が、猛然と同じホテルに突っ込んでいったので、思わず足を止めた。  先の二人はすでに建物の中だったが、後から来た女子高生は、門をくぐりかけたところで僕を目にとめ、ぴたりと立ち止まって僕のほうにやってきた。  手に持っている小ぶりなバッグを、鎖鎌のように振り回している。 「君、一人!? どう見ても一人よね!? だって凄く一人っぽいもん!」 「あ、はい、そうです。一人です」 「よし! こっち来て!」  彼女は、凄くギャルっぽい恰好をしていた。ギャルっぽい恰好というのがどういうものか、ギャルと親交をあまり持っていない僕には定義しかねたが、とにかく十人が彼女を見れば十人が「ギャルだね」と言いそうなくらいギャルだった。  そういう僕は、十人が見れば十人が「君、オタクだね」と言われそうなくらいオタクっぽい恰好をしていた。適当に伸ばした黒い髪、黒いシャツと黒いジーンズ、そして夏だというのに薄手とはいえ真っ黒なコート。なぜオタクは黒を好むのか、いまだによく分からない。  僕はコート(黒)のポケットに手を突っ込んでいたのだが、彼女はその腕をぐいっとつかむと、強引に自分の腕をからめてきた。 「な、なにをするんですか。あなたはもしかして、全地球男子の憧れ、痴女ですか」 「誰がっ!? どこの世界に、あんたみたいな黒ずくめのオタク襲う女がいんの!」 「えっ! なぜ僕がオタクだと分かったのです!?」 「見た目っ! あと痴女とかそんなしょうもないもんに憧れるなっ!」 「なっ――なにを言うんです!」  僕は彼女の腕を振り払ってから、ポケットから出した両手を広げて言い返した。 「僕の塾の知り合いの佐藤くんは、どうにかして見も知らぬエッチなお姉さんに一方的に手ごめにしてもらえないかと、夜の歌舞伎町を三時間うろついて補導されたんですよ!?」 「佐藤くんには悪いけどあたしたぶん友達になれねえ! いいから早くこっち!」  彼女は改めて僕の腕をつかみ(今度はシンプルに肘をわしづかみにされた)、先ほどのホテルにぐいぐい進んでいく。
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