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『はっ…ああ…。』 私も歯切れの悪い返事になってしまった。 火照りだした耳の熱がじわじわと全身に伝わっていく。 『知ってんの?』 『よ、読んだことある人かなーと思ったけど、違うみたい。 知らなかったなー。 …どういうところが好みなの?』 自分の白々しさにさらに体が火照るが、感想は聞いてみたい。 『短い作品ばかりなんだけどさ、その短い中に詰まったものが心にグサッと刺さるんだよ。 言葉の選び方も良くて、‘心’と漢字で書いたりカタカナで‘ココロ’と書いたり。 あと行間の取り方も。 それで全然印象が違うじゃん? その感覚が好きなんだよなー。』 もうどうやって相槌をうったらいいのかわからない。 驚きと嬉しさと恥ずかしさが体の中で爆発してどうにかなりそう。 ポーカーフェイスは保ててるかな…。 私のこだわりがすべて伝わってる。 読み取ってくれてる。 やっぱり頭がいいから? どうなんだろう、わからない。 でも他の人から言われるより、横川くんから言われた方が何倍も嬉しい気がする。 『エッセイは書いてないんだけど、たまにつぶやきを書いててさ。 この人も普通に会社で働いてるっぽい。』 …そうです、この会社で普通に働いております… 『俺もどんな人なのか会ってみてぇな。 この人の内面にあるもの、もっと教えて欲しい。』 …ここに居ますよ… ちょっと遠い目をしてそう言った横川くんは、私と同じように恋してるみたいに見えてドキッとした。 『…ふはぁー…。』 自分の気持ちに混乱してマヌケな声を出してしまった。 『なに?どした?』 『あ、いやいや、本当にファンなんだなーと思って…。』 『まあな。 次へ次へと読んでいってたまたま見つけただけなのにな。』 うんうん、わかるよ、わかる。 私もそうだもの。 気持ちが落ち着いてきたら、イケナイ欲望が出てきた。 それ私だよって言ってみる? 気に入ってくれてありがとうって言う? どんな顔するかな? ここまで考えてハッとした。 ダメダメ!絶対にダメ! 今の高揚感に惑わされて正体をバラしてはダメだ。 意識してのびのび書けなくなる。 現実の自分を守るようになってしまう。 空想に制限がかかる。 だから誰にも内緒ではじめたんじゃない。 昼休みの終わりを知らせる鐘がなった。 自分で自分にブレーキをかけられてよかった。 『私もその人の作品読んでみるね。 行こうか?』 またたまに感想を聞いてみよう。 そして心の中でありがとうって言おう。
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