28人が本棚に入れています
本棚に追加
3
『はっ…ああ…。』
私も歯切れの悪い返事になってしまった。
火照りだした耳の熱がじわじわと全身に伝わっていく。
『知ってんの?』
『よ、読んだことある人かなーと思ったけど、違うみたい。
知らなかったなー。
…どういうところが好みなの?』
自分の白々しさにさらに体が火照るが、感想は聞いてみたい。
『短い作品ばかりなんだけどさ、その短い中に詰まったものが心にグサッと刺さるんだよ。
言葉の選び方も良くて、‘心’と漢字で書いたりカタカナで‘ココロ’と書いたり。
あと行間の取り方も。
それで全然印象が違うじゃん?
その感覚が好きなんだよなー。』
もうどうやって相槌をうったらいいのかわからない。
驚きと嬉しさと恥ずかしさが体の中で爆発してどうにかなりそう。
ポーカーフェイスは保ててるかな…。
私のこだわりがすべて伝わってる。
読み取ってくれてる。
やっぱり頭がいいから?
どうなんだろう、わからない。
でも他の人から言われるより、横川くんから言われた方が何倍も嬉しい気がする。
『エッセイは書いてないんだけど、たまにつぶやきを書いててさ。
この人も普通に会社で働いてるっぽい。』
…そうです、この会社で普通に働いております…
『俺もどんな人なのか会ってみてぇな。
この人の内面にあるもの、もっと教えて欲しい。』
…ここに居ますよ…
ちょっと遠い目をしてそう言った横川くんは、私と同じように恋してるみたいに見えてドキッとした。
『…ふはぁー…。』
自分の気持ちに混乱してマヌケな声を出してしまった。
『なに?どした?』
『あ、いやいや、本当にファンなんだなーと思って…。』
『まあな。
次へ次へと読んでいってたまたま見つけただけなのにな。』
うんうん、わかるよ、わかる。
私もそうだもの。
気持ちが落ち着いてきたら、イケナイ欲望が出てきた。
それ私だよって言ってみる?
気に入ってくれてありがとうって言う?
どんな顔するかな?
ここまで考えてハッとした。
ダメダメ!絶対にダメ!
今の高揚感に惑わされて正体をバラしてはダメだ。
意識してのびのび書けなくなる。
現実の自分を守るようになってしまう。
空想に制限がかかる。
だから誰にも内緒ではじめたんじゃない。
昼休みの終わりを知らせる鐘がなった。
自分で自分にブレーキをかけられてよかった。
『私もその人の作品読んでみるね。
行こうか?』
またたまに感想を聞いてみよう。
そして心の中でありがとうって言おう。
最初のコメントを投稿しよう!