取り残された僕は

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 青い空を見るたびに思い出すことがある。年老いた今でも、鮮明に思い出す、二度の別れ。  今も、訣別が切り裂いた心の傷は疼き、未だ会えない現実が僕を苛む。  …あの日。そう、あの日も綺麗な青空だった。雲一つない蒼穹の元、無情な知らせが胸を抉った。  あの人の訃報を簡潔に告げるだけの手紙。  あれから何日経っただろうか。哀しみはいつ果てるともなく、色濃く、心に重く圧し掛かる。心は血を流したままなのに、空だけはどこまでも美しい青だった。 「悲しみしかないと云うのなら、この胸を切り裂いたら鮮血と共にすべて流れ落ちたらいいのに。」 そう、吐き捨てるように彼女は言った。哀しみと怒りと、ほんの少しの憎しみが綯交ぜになったような、苦しみに眉を顰める彼女の顔は複雑に歪んでいる。  握りしめられた彼女の手には、握りつぶされてくしゃくしゃになった手紙が見える。僕も未だに捨てられずにいる、あの人の訃報を知らせるだけの手紙。 彼女もまた、僕と同じようにあの人がこの世界のどこにもいないという現実に打ちのめされ、それでも現実だと信じたくないというバカげた妄執にとらわれている一人だ。  声に成らない嘆きが、慟哭が、日常に吸い込まれていることに耐えられなくなって、僕たちは。 「…じゃあね。」 多分もう二度と会えないから、と僕に会いに来て開口一番彼女は言った。 どこかに行くの? と言う僕の問いに、そうだね、と答えて、彼女らしい短くて淡白な別れの言葉を遺して旅立っていった。それはまるで、ちょっとそこまで出かけてくる、くらいのノリで。  後から聞いた話では、彼女は異界の門を渡ったそうだった。 …今も、いや、あの人が居なくなった今だからこそ、そんな夢みたいな迷信を信じてたのだろうか。  異界の門の先では、会いたい人に会えるのだそうだ。…異界の門の先にあるのここではない別の世界だと言われている。  幾つもあるほんの少しずつ違った世界なら、この世界ではもういないあの人も、生きているかもしれない。そんな世迷言じゃないか。あの門の先がどこに繋がっているかも、誰も知らないのに。再び会える保証なんてどこにもないのに。彼女は。そんな迷信にすがるほど、あの人を。  僕も、僕だって。あの人のことは大切で、大好きで、尊敬している。僕だって、会いたくて、会いたくて、今も心が軋んでいる。いつか、あの人が生まれ変わってきてくれたら、一番に会いたいと思っている。 『まあ、あなたは昔からのんびりしているものね。』 あの日、ほんの少しだけした会話の中、彼女は笑っていた。既に異界の門を渡るつもりでいた彼女には、僕は随分のんびりして見えたことだろう。 「会えてるのかな? 会えたのかな?」 青い空を見るたびに、二度の別れを思い出す。  彼女の願いは叶ったのだろうか。 …僕の願いは叶うのだろうか。 もう一度でいい、あなたに会いたいんだ。
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