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第18話・餃子
私は手に持っていたスプーンを放り投げた。料理は得意な方だが、餃子の具を包むことだけは、何度やってもうまくできない。それに比べて、隣に立つ真昼が包んだ餃子は、まるで店屋物を思わせるかのように整然と並んでいる。
──春彦くんも、なぜか餃子だけはうまく包んでいたな……。
たまに手製の餃子が食べたくなる時があった。そういう時は、春彦を自室から呼び出して包んでもらっていた。春彦は「仕方ないなぁ」とあきれながらも、上手に包んでくれたものだ。
あの頃を思い出して、私はわざといじけてみせる。
「もうやだ。餃子包むのだけはやだ」
「そんなこと言わずに。ってか餃子にしようって言い出したの、真弓さんでしょ?」
「そんなこと言ったっけ?」
餃子を作ろうと確かに自分から言い出したが、私はすっとぼける。
「言ったよ。だからほら、もうちょっと頑張って」
「やだ。できない」
真昼がふっと笑う。
「仕方ないなぁ。餃子は僕が包むから、真弓さんは洗い物をしようか」
「やったー、よろしく!」
嬉しかったのは、もちろん餃子を包むことから解放されたからではない。また1つ、真昼の中に春彦の面影を見つけたからだ。
真昼はそれから時間をかけずに全て包み終えた。
「終わったよ」
「ありがとう。さすが、すっごくきれい!」
「でも僕、緊張してきた……」
「大丈夫だって」
今度は私が真昼を励ます番だ。ちょうど洗い物が終わった私は、真昼の腰に後ろからぎゅっと抱きついた。
「2人とも真昼のことを気に入ると思うよ」
「そうかなぁ……」
「大丈夫、大丈夫」
そう言い切ることができるのは、今日これから家に来るのが春彦との共通の友達だからだ。
真昼と結婚して半年、新居に引っ越して1カ月。今日は高校時代の同級生である北谷美緒と早乙女良雄を招待して、ささやかなお披露目会をすることになっている。
真昼にプロポーズされたのは、真昼のマンションに転がり込んで間もない頃だった。その時になって初めて、私は死別シングルであることを打ち明けた。
もちろん、そういうことはつき合う時に言っておくべきだ。だが、真昼が春彦の生まれ変わりであることがはっきりとわかっていた私は、先延ばしにしていた。
思わず表情を曇らせてしまった私を見て、真昼はプロポーズを断られると誤解してしまった。そこで私は真昼に全て打ち明けた。引っ越しの荷物に入れっぱなしにしていた春彦の遺影も見せて──。
急激な血圧の変化を誘発しないよう真昼の体調を気遣いながら、私は言葉を選んで説明をした。だが、遺影をじっと見ていた真昼はぽつりとつぶやくのだった。
「この人……。どこかで見たことがあるというか……何だか僕のお兄さんみたい」
「お兄さん……?」
「うん。そう言ったら失礼かな。でも、僕にはそう思える」
「きっと……この人喜んでると思うよ」
そう言うと、真昼は嬉しそうな顔をして私に抱きついてくるのだった。
それ以来、真昼にとって春彦はお兄さん的存在として落ち着いている。一般にはとうてい理解してもらえない関係性だが、確かに真昼は春彦で春彦は真昼なのだ。
さすがに美緒や良雄に再婚することを打ち明けるのは勇気が必要だった。だがいざ打ち明けてしまえば、2人とも喜んでくれた。2人にとっては、春彦を亡くした私がいつまでもふさぎ込んでいるのを見ることの方がつらかったのだとか。
私は真昼から離れて、餃子の具の入っていたボウルを取った。
「じゃあ、ボウルも洗っちゃうね」
「お願いします」
*
「えー、それでは僭越ながら私早乙女良雄が皆様を代表いたしまして、霧川真昼くんと真弓ちゃんの結婚を祝して──」
「もう、良雄。真昼くん、がちがちに緊張してるじゃない」
「すまん。じゃあ、乾杯!」
いささか拍子抜けな乾杯で、ささやかなお披露目会が始まった。
いつもは2人で広々と使うダイニングテーブルが、今日は手狭だ。美緒が勤め先の百貨店で買ってきてくれたシューマイと豚まんと甘酢肉団子、良雄が買ってきてくれたアルコール類、そしてホットプレートには真昼が完璧に焼いてくれた餃子。
良雄が買ってくれたシャンパンを飲むと、炭酸が爽快に喉を抜けていった。普段は身体を気遣ってほとんどアルコールを飲まない真昼も、今日は少しだけ飲むと言ってグラスに口をつけている。
「この餃子、真昼が焼いてくれたの。食べてね」
「おぅ。美味そうだなぁ」
真っ先に口をつけたのは、やはり良雄だ。熱々の餃子を口の中で転がしている。美緒も良雄に続き、私と真昼は豚まんに手を伸ばした。
「ねぇ、真昼くんって真弓のどこがよかったの?」
「へっ」
唐突な美緒の質問に、真昼が目を白黒させる。
「あ、俺もそれ聞きたかった。真弓ちゃんまだまだかわいいけどさぁ、年増──」
「ちょっと良雄くん。誰が年増ですって?」
「すまん」
真昼がシャンパンをまた一口飲んだ。そして、おもむろに口を開く。
「えっとですね。真弓さんかわいいしきれいじゃないですか。それに、いつも僕のことを一番に考えてくれるし。でも、ちょっとだけ幼いっていうか子どもっぽいとこもあるっていうか。僕はそんなところを含めて……」
「それはつまり、真弓のぜーんぶが好きってことね」
「はい! 真弓さんの全部が好きです!」
「うぅ……。真弓ちゃん、ほんとによかったなぁ……」
元気よく答える真昼と、照れる私。満足そうに微笑む美緒に、泣きそうになっている良雄。その光景は、まるで私と春彦が結婚した時に開いてもらった会食を思わせた。
*
「真昼、疲れたでしょう。休んでたら?」
「いい。真弓さんこそよく飲んでたから片づけしんどいでしょ?」
譲り合った結果、2人で片づけをすることにした。使った食器やグラスを私が洗い、真昼が拭いていく。
「美緒さんも良雄さんも、すんなりなじめたよ。それに、僕の友達になってくれるって言ってくれたし」
「美緒はともかく、良雄は暑苦しいよ」
「でも何か、良雄さんとは気が合うと思うなぁ」
「うん、そうだね。私もそう思う」
きっと、美緒も良雄も、真昼の中に春彦の面影を見たのだろう。2人ともしきりに真昼とは初めて会った気がしないと言っていた。
洗い物をしている私の背中がふいに温かくなり、首に真昼の両腕が回る。
「ちょっと、まだ洗い物終わってないんだけど」
「ねぇ。洗い物はあとにして」
「もしかして真昼、酔っちゃった?」
「酔ってても酔ってなくてもきっと同じ。真弓さんがほしい……」
右の耳元で確かに聞こえるささやき声。一度は失った聴力だが、ちゃんと回復してよかったと心から思う。
「わかった。洗い物はあとにする」
私はきれいに手を洗って拭いた。だが寝室までこらえ切れず、真昼の腕の中で身体を回転させて向かい合い、彼の唇を吸った。
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