5

2/2
前へ
/12ページ
次へ
「あの、これ、見つけてきた」  父がおずおずと差し出したのは、何の変哲もない銀色の指輪。 「ちょっと予定より早く来ちまったから、二人でここにいようぜ? お前は気がすむまでその、骨見て」 「鯨骨生物群集。骨じゃない」  ぴしゃりと言い放った女性が、不意に身を(ひるがえ)す。  振り返った顔は、無理矢理怒りの表情を装っていて。でも、目には涙をためている。  今の茉莉(まつり)に良く似た――茉莉が最後に「いってらっしゃい」を伝えた時の、母だ。  母はそのまま、ほぼ突進の勢いで父の胸に飛び込んだ。  あらゆる罵詈雑言と、その合間に差し挟まれる「会いたかった」「ありがとう」「嬉しい」といった言葉が、(うつむ)いた母の口から延々と出てくる。その手はしっかりと、指輪ごと父の手を握っていた。 「……一緒にいてくれるの?」  ややあって、父から少し身を離した母が――俯いて、手はそのままに――尋ねた。 「おうよ」  父が、あっけらかんと答える。 「ここからじゃ、茉莉のこと全部は見えなかっただろ? あいつの話、いっぱいあるんだぜ」 「……そうね」  母が顔を上げる。その表情は、晴れやかだった。 「茉莉の話、色々聞きたいわ。きっと懸濁物食期が終わっても話足りないわよね、というかあの子は元気なの?」  一気に(まく)し立てる母に、父もまた破顔する。 「元気だと思うぞ。今頃『カナエ』食ってるんじゃないか? 何かあったら(たつみ)が知らせてくれる」 「巽さんがいるなら、安心ね」 「だろ? そうそう、話といえば、茉莉がその鯨骨何とかってのを探す機械を作る会社に就職してさ」 「え、話ってそこからなの? 時系列は?」 「だってお前、そこが一番重要だろ。お前らほんと、よく似た母娘(おやこ)で」 「良く言うわよ、貴方と茉莉だってね――」  延々と言い合いながら、二人は窓から離れ、会場の中へ――光の向こう側へと歩いていく。  その後ろ姿は、とても幸せそうで。  茉莉は、心から安堵したのだった。 ―了―
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加