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「あの、これ、見つけてきた」
父がおずおずと差し出したのは、何の変哲もない銀色の指輪。
「ちょっと予定より早く来ちまったから、二人でここにいようぜ? お前は気がすむまでその、骨見て」
「鯨骨生物群集。骨じゃない」
ぴしゃりと言い放った女性が、不意に身を翻す。
振り返った顔は、無理矢理怒りの表情を装っていて。でも、目には涙をためている。
今の茉莉に良く似た――茉莉が最後に「いってらっしゃい」を伝えた時の、母だ。
母はそのまま、ほぼ突進の勢いで父の胸に飛び込んだ。
あらゆる罵詈雑言と、その合間に差し挟まれる「会いたかった」「ありがとう」「嬉しい」といった言葉が、俯いた母の口から延々と出てくる。その手はしっかりと、指輪ごと父の手を握っていた。
「……一緒にいてくれるの?」
ややあって、父から少し身を離した母が――俯いて、手はそのままに――尋ねた。
「おうよ」
父が、あっけらかんと答える。
「ここからじゃ、茉莉のこと全部は見えなかっただろ? あいつの話、いっぱいあるんだぜ」
「……そうね」
母が顔を上げる。その表情は、晴れやかだった。
「茉莉の話、色々聞きたいわ。きっと懸濁物食期が終わっても話足りないわよね、というかあの子は元気なの?」
一気に捲し立てる母に、父もまた破顔する。
「元気だと思うぞ。今頃『カナエ』食ってるんじゃないか? 何かあったら巽が知らせてくれる」
「巽さんがいるなら、安心ね」
「だろ? そうそう、話といえば、茉莉がその鯨骨何とかってのを探す機械を作る会社に就職してさ」
「え、話ってそこからなの? 時系列は?」
「だってお前、そこが一番重要だろ。お前らほんと、よく似た母娘で」
「良く言うわよ、貴方と茉莉だってね――」
延々と言い合いながら、二人は窓から離れ、会場の中へ――光の向こう側へと歩いていく。
その後ろ姿は、とても幸せそうで。
茉莉は、心から安堵したのだった。
―了―
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