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5
その夜、茉莉は夢を見た。
風を感じた次の瞬間、波に浚われる。
かつて自分を形作っていたものの成れの果て、その全てが海に飲まれ、漂い、沈んでいく。
海──有限の、けれど人間にとっては無限の如き空間への拡散。けれど、意識だけは消えずに、そのまま広がり続けた。まるで、ソナーから放たれた超音波だ。
時間感覚がない。早かったのか、それとも途方もなく長かったのか。
――見つけた。
光の届かない海底で、砂に半ば隠れるようにして、それはあった。
何の変哲もない、プラチナの結婚指輪。
拾い上げると、それは暗闇の下で眩く輝き、視界を白く染め――
気がつくと、茉莉は明るいパーティー会場にいた。
老若男女、国籍も人種も時代も問わない人々が、思い思いに談笑し、ダンスやゲームに興じ、振舞われる御馳走に舌鼓を打つ。人間と一緒に舞い踊るタイやヒラメ、照明と一緒に発光するチョウチンアンコウやキンメダイを見とがめる人は誰もいない。
そんな中、一人の男性が、窓の外を眺めている女性に歩み寄っていくのが見えた。
父だ。最期に言葉を交わした時よりもうんと若い、茉莉が小学生だった頃の風貌だ。
その精悍な顔に決死の覚悟をありありと浮かべた父が、女性のすぐ隣で立ち止まった。
「……待たせたか」
「ううん。早すぎよ」
素早くも硬質な返事。女性は、窓の外から視線を動かさない。
「伝えたよね? 私、ここで鯨骨生物群集を観察して、まだ自然界で見つかってない懸濁物食期まで見るから、ゆっくり来てねって。なのに、何でこんなに早いの。まだ化学合成期の途中よ」
「いや、あの、これでもかなり頑張ったというか」
「……」
「ゴメン」
ほとほと困り顔の父に、女性は見向きもしない。
その様子を近いようで遠い位置から眺める茉莉の心臓が、バクバクと大きく音を立てる。
女性の声が、遠い思い出の中にしかいないはずの声に重なるのだ。
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