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弾かれたように振り仰げば、茉莉と同い年くらいの男性店員が、柔和な笑みで彼女を見ていた。
「あの、これ、見たことなくて」
「ウチだけで扱う特別な品種で『カナエ』と言います。でも、すみません。これは売約済みでして」
「大丈夫です、見てるだけなんで──って、スミマセン」
今の返事は、ただの冷やかし客だと自白したようなものだ──焦る茉莉だったが、店員に気を悪くした様子はない。それどころか笑みを深くして、
「ご覧いただけるだけで充分ですよ」
「失礼します。親方、菅原様がお見えです」
見習いだろうか、若い青年が、茉莉の相手をする店員に横から声をかけた。彼は店主らしい。
「では、こちらをお渡しして。ご希望を伺って、調理が必要なら間宮君に伝えて下さい」
「はい」
店主は茉莉に「失礼します」と声をかけ、その珍妙な魚を盛皿ごと見習いに渡した。両手でしっかりと皿を持った見習いは、茉莉に軽く会釈し、別の客の元へ急ぐ。
彼の背中、正確には皿の上のカナエを目で追い、茉莉は思わず呟く。
「食べられるんですね、あの魚」
「勿論です。ここの売り物は全て食用ですから」
店主が鷹揚に頷き――何に気が付いたのか、茉莉の顔を見て「おや?」と目を瞬かせた。
「もしや貴女、西田茉莉さん、周君のお嬢さんですか?」
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