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茉莉は、大人の半数以上が水産とその関連業に従事する、小さな島で生まれた。
父の周は漁師だった。島で一番大きな網元本家の三男で、母の家に婿入りしていた。
母の円佳は、島にある研究機関の出張所で働く海洋学者だった。
茉莉は、海に関する学術的な知識を母とその所蔵書から、実践を父から学んで育った。
仕事で一年の三分の一は海の上か別の地かにいた母だったので、西田家の生活は同居する母方の祖母の澄子が主に担った。島の他の子とは違う家族の有り方は、茉莉の密かな自慢だった。
生活が一変したのは、茉莉が小学六年生の時。
母が、海外でのフィールドワークで海上事故に巻き込まれ、帰らぬ人になった。遺体は上がらなかった。
母の葬式を終えてすぐ、父は茉莉と祖母とを島から出した。嫌っていた実家を使い、既に島から離れて都会で生活する親戚を頼った。
以来、茉莉は島に帰らず、陸で生活している。
祖母は、移住以降は島への思いや娘について口にすることなく、茉莉の就職を見て満足気に息を引き取った。
そして、故郷とも茉莉たちとも離れた土地で働き、時々家族の様子を見に来るだけだった父もまた、昨年亡くなった。
没後の整理が片付き、茉莉は独り暮らしを始めた。残っているのは、移住した茉莉たちの面倒を見てくれていた大叔父一家との縁だけだ。特に、昔から父と最も頻繁に連絡を取り、長じては父の病気を特定した、又従兄で医師の島元 悠太は、何かと茉莉の世話を焼きたがる。
その彼が、明くる日の昼下がりに電話してきた。要は生存確認だ。
会話の中で、茉莉が竜宮屋での出来事を相談したのは、自然な流れだった。
『周さんが生前懇意にしていた魚屋は、星の数あるよ。でも、その中のどこかに茉莉ちゃんのために何か頼んだとは、聞いてない。ま、周さんの名前が出てるなら、一度乗ってみれば?』
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