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 悠太(ゆうた)の半ば予想通りの回答に、茉莉(まつり)は「そうだね」と言う他なかった。  彼女を西田(にしだ) (あまね)の娘と当てた店主は、(たつみ) (つかさ)と名乗った。自分と歳が変わらないと踏んでいたが、父を周君と呼ぶあたり、随分と歳上なのかもしれない。  茉莉に名刺を渡し、巽は言った。父から生前、茉莉宛てに魚の手配を依頼されている。それも、茉莉が店を訪れた時に手配がかかるように。ついては、モノが来たら後日改めて来店してほしい、と。  柔らかく低姿勢な、でもどこか否と言いにくい巽の雰囲気に飲まれ、茉莉は「持ち帰って検討します」と仕事の定型句を置いて、店から走り去った──  昨夜のことに意識を飛ばしていた茉莉を、悠太の声が現実に引き戻す。 『お店の名前、竜宮屋(りゅうぐうや)って言った?』 「そうだけど」 『それ、周さんから聞いたことがある』 「え?」  茉莉の鼓動が、大きく跳ねた。 『何でも、小さな奇蹟の起こる街にある不思議な魚屋で、見たこともない魚を売っているとか。噂だって言ってたけど、周さんは信じてたっぽい』 「あの父さんが」  現実主義な父が、そんな話を真に受けていたとは(にわか)に信じ難い。 『そう、あの周さんが。だから覚えてる。まあ、その魚屋が噂の店かは分からないけど』  茉莉は口を(つぐ)んだ。  悠太には、あのピンクと黄色の市松模様に梅紋の魚のことは言っていなかった。  父が信じた奇跡。  父は何を依頼したんだろう──?  水色と紫の魚が、茉莉の脳裡(のうり)を舞う。  魚屋の話はそこで終わりになり、後は主に、茉莉の生活に対する悠太のお小言になった。 「随分と連絡ないけど、ちゃんと食ってる?」 「大丈夫。連絡は、ちょっと仕事忙しくて」 「大きなプロジェクトに入ったことは、この前聞いたけど。海底の骨を探すんだっけ?」 「骨じゃなくて、鯨骨生物群集(げいこつせいぶつぐんしゅう)。グジラの死骸を起点にした生態系の調査ね」 「周さん、あんなに茉莉ちゃんを海から遠ざけていたのに。結局海に戻ったよな。しかも、円佳(まどか)さんの研究とニアミスだし」 「だから、それは偶然。私が海に行くわけじゃないし」 「あ、海に行くと言えば、今度両親が旅行で――」  裕太の話は、そこから一時間続いた。  次の週の水曜日、仕事を終えた茉莉は、一本の電話をかけた。  営業時間を過ぎた遅い時間にもかかわらず、電話の相手はすぐに出た。 『はい、鮮魚竜宮屋、店主の巽です』 「夜分にすみません西田茉莉です。あの先日は」  思いの(ほか)早口になった茉莉に、巽はどこか嬉しそうに、穏やかな口調で答えた。 『ああ、西田さん。ご連絡いただけて本当に良かった。実は、ご予約品手配の目途が立ちまして。できましたら、今週土曜の一七時に、店頭にお越しいただければと』 「あの、その日は定休日──」  名刺を確認しようとした茉莉の耳に、巽の『問題ないです』の声が響く。 『確かに普段は定休日ですが、お気になさらず。お待ちしていますので』
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