三 尾張の下屋敷

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◆  求馬と出会った日以来、宗次郎は鳥を追っていた。  件の闇餌差のように、鳥刺しを禁じている地で鳥を追ってみたら、何かが食いつくかもしれないと、御拳場に定められた村の近くを彷徨っているのだ。  だがどうしても、鳥に集中できない。  ――「俺とお前は同類だ。同じ匂いがする」  あの日、去り際に囁かれた九鬼丸の声が、ずっと頭から離れないでいた。  交わしたほんの少しだけの言葉が、一語一句、ふつふつと蘇っては、心を乱していく。 (俺とは立場も見た目も性格(たち)も全然違う人間や。おんなじとこなんか見つけられへん)  だからどうだと言うのか。  馬場横町から出てすぐの畑地の荒れた道を、モヤモヤしつつ歩いていた。  流石に早稲田辺りに戻って来ることはなかろうと、高田から大久保付近へと場所を移したのだが、二日を経た今もまだ成果はない。  *高田富士の裾を越え、鬱蒼とした木々の間を抜ける。寺社の敷地に近づいた頃、陰っていた空から陽が届いた。その光芒を追うように飛び立った雀の群れを見上げる。  雀というのはおかしなもので、山や森の中よりも人の住む場所を好む。夜は雑木林や神社の杜で寝ていた雀たちも、陽が昇ると街や畑に姿を現すのだ。だから、誰も立ち入らないような荒地や草原よりも、田舎であろうと家の多い場所の方が雀を追いやすい。  目深に被っていた笠を取ると、宗次郎は通りがかった百姓家の軒下で雀の地鳴きを真似た。 「チュチュチュチュ」  チュチュチュチュ  数羽の雀がそれに応えるように集まってきた。  軒の上、道沿いの松の木。思い思いの場所で、宗次郎の出す音を聞いている。 「チュンチュン、チュンチュン」  これは餌を見つけた時の地鳴き。  それを繰り返しながら、竿を持つ手の位置を少しずつ長くずらしていく。  安心しきった雀が、さらに宗次郎の近くまで飛んできた。  と、その刹那……  ジュジュジュジュジュ、ジュンジュン  幻術が解けたように、集まっていた雀たちが一斉に飛び立った。  宗次郎が手繰り寄せた竿先のとり餅には、二羽の雀がくっ付いていた。それを表情も変えずにむしり取ると、腰の籠に押し込んだ。 「お見事!」  声はすぐ近くから聞こえた。 「いやあ、一度に二羽。それも狙ったか狙っていないのか分からぬほどの見切りの速さ。その若さで、ようそこまで技を極めたもんさねぇ」  松の木陰から現れたのは、三度笠に鳥籠を腰にした町人餌差であった。 「だがよう、鳥刺し棒でちまちま捕っていても、らちが明かねえだろ」  男が腰にぶら下げた袋から細い糸で編んだ網を取り出して見せた。 ---------- *高田富士――日本最古の冨士塚(富士山信仰のための塚)。富士講を幕府が取り締まったこともあり、富士登山が叶わぬ人のため、江戸各地に富士山を模した塚が造られたそうです。江戸の人は山に憧れるのか、すぐに江戸の中に山を造っちゃうところが笑えます。高田富士は現早稲田大学キャンパス9号棟の場所にあったらしいのですが、大学が建てられた昭和三十八年ころ、潰され、水稲荷と共に西早稲田三丁目(甘泉園公園横)に移築されています。
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