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どんど橋からほど近い揚場町は、その名の通り、内堀沿いに物資を運んできた船のための船着き場が並ぶ荷揚げの街で、山の手への物資供給の基地として栄えていた。
連れて来られた煮売り屋では、船頭や、荷を背負って陸送する軽子らが、慌ただしく腹ごしらえをしていた。
「あら、求さん! 三日ぶり」
給仕をしていた年増の女が、求馬の顔を見つけるなり声をかけて来た。
「今朝ね、青柳が入ったんだよ。食べていくだろ」
「おう、そいつぁいいね。酒も付けとくれよ」
女は前掛けで手を拭うと、宗次郎の方を珍しい物でも見るような目で見た。
「今日はずいぶんとかわいらしい子分を連れているじゃないか」
「さっき拾ったんでさ」
二人のやり取りを聞いていると、確かに求馬は馴染みの客のようである。
せかされるように、奥の座敷に通され座らされた。
料理が運ばれてくる前に、求馬が酒を注ぐ。
「ほれ、気分を直そうぜ。お前さんも飲みな。や、その前に、そのほっかむりを取っちまいな」
言われ、仕方なく頭に巻いていた手拭いを取った。
「ほお、なるほどね」
まじろぎもせず眺める目がうるさい。
「なあ、前髪を残しておると、その見目じゃ。男に目を付けられやしねえか」
鳥を追って山や林に入ることが多く、少しでも気配を消したい宗次郎は、匂いのする鬢付け油を好まず、髪は総髪をひっつめただけにしていた。しかし和歌山とは違い、ここ江戸では月代がないと余計に目立つものだから、いつも手拭いを被っていただけなのだが。ただ、己の見目のことを言われるのは苦手であった。
問いなのか、つい思っただけのことを口にしただけなのか、求馬の言葉を、宗次郎は酒の入った猪口に口をつけることで受け流した。
それなのに求馬はまだ喋り続けている。
「それにしても正義感じゃ。その愛らしい顔に似合わぬ思い切りの良さじゃ」
不貞腐れている宗次郎に向かって、ほくそ笑んで見せた。
「『求さん』こそ。御身分は問いませぬが、なぜこのような所で遊んでおられるのですか。まさか本気で、ただの冷や飯食いとは言いますまい」
やり返すと、求馬が目を丸くした。
だが、行儀悪く組んだ膝を見ても一目瞭然である。つるつると滑らかな膝小僧は、高価な畳の部屋で暮らしている証である。それに猪口を持つ白魚のような指。掌に剣ダコができているとはいえ、その手は苦労知らずの手であった。
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