二 求馬と九鬼丸

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「ふふふ、面白いい奴じゃ。そのまさかだが、しっかり冷や飯食いにはちげえねえ。しかも聞いて驚くな。次男坊や三男坊じゃねえぞ。なんと、二十男坊じゃ」  ……そりゃあ、驚く。  二十も子を産める女などいない。つまりはそれだけの側室や妾を持つ御家柄ということだ。  だが宗次郎は、敢えて無礼なことを言ってやった。 「それじゃ、いつまで経っても家督相続の順は回って来ませんね」 「だろ? 気楽なもんさ」  その言い草に呆れた。この男には嫌味すら通じないらしい。 「で、お主の名は何という」 「……宗次郎」  苗字は伏せた。一応、町人という仮の姿である。 「小日向の鳥屋で雇われの殺生人をしている」 「殺生……」  何を勘違いしたのか、求馬が息を呑んだ。 「餌差(えさし)のことですよ。将軍様の御鷹の餌鳥を捕らえる仕事です」 「ああ、御鷹狩の。紀州殿は鷹狩がお好きだからなあ」  まるで上様の鷹狩に同行したことがあるかのような言い回しである。 「宗次郎殿、俺はな、紀州殿を心底尊敬しておるのじゃ。お飾りの将軍様だった先代には、あわや徳川の時代もこれまでかと感じたくれえだ。それをしっかり根元から建て直された」  求馬の口から出た物騒な話題に、宗次郎は慌てて辺りを見渡す。と、青柳の塩ゆでと根菜の煮つけを運んできた娘と目が合って、さらに慌てた。 「心配なさんな。こんな所に幕府の高官など来やしねえ」  求馬は不敵に嗤うと、さっそくバカ貝(青柳)を口にし、潮の香りがする汁と共に身をすすった。その潮の香を味わいながらしみじみと言う。 「今公方(いまくぼう)様の(まつりごと)は、ほんに実直で良い」 「はあ」  同意してみたものの、江戸育ちではない宗次郎に、その実感はない。 「だがな、屋敷に居っては見えぬものもある。そういう城下の現実はな、聞くと見るでは大違いじゃ。あ、ほれ、お主も遠慮せずにどんどん食え」  朝から何も食べていなかった宗次郎は、求馬の話につきあう駄賃だとばかりに、味のしみた芋やら蛸をバクバクと頬張った。 「うむ、よい食いっぷりじゃ」  気分が良くなったのか、求馬の酒も進む。安酒を旨そうに飲み干すと、続いて青柳の椀の汁も飲み干した。 「我ら武士に比べ、町人らは実に豊かだ。安泰の世をしっかと生きておる。質素倹約は、我ら武士だけで十分じゃ。町人らはもっと豊かに世を潤せばよいと思わぬか」 「そういうもんですかね」  人と荷物で賑わう通りに目をやる。確かに江戸の町人は豊かだ。 「そういうもんさ。豊かであれば、お上に不満を抱かぬ。だが町に下りねば人の暮らしの本質など見えぬであろ? だから俺はこうやって町に出て遊んでおるのじゃ」
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