二 求馬と九鬼丸

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(なるほどなあ)  物は言いようだ。  ふっと、笑いが零れた。 「おお、適当な言い訳だと思ってやがるな」 「いえいえ、まことにその通りだと感心したのですよ」  それは本当だった。いい加減な男だと思っていたが、云われてみれば確かに一理ある。『郷に入れば』の諺にもあるように、相手と同じ目線にならねば見えぬものもあるということだ。 (なら、俺も明日から禁猟区で鳥を追っちゃろうか)  闇餌差と同じ目線になれば、新たに見えるものがあるかもしれない。 「求さんは良いことを言いなさる」 「改めて褒められると、何やらこそばゆいな。何しろ屋敷でおってもつまらぬからな。こうやって遊んでいた方が面白いってえのが本心だ」  謙遜なのか本気なのか。酒を追加した様子を見るに、 (羽を伸ばしたいってのが本心だろうな)  と、宗次郎が勝手に結論付けたところで、求馬の遊びに水を差す男が現れた。 「求馬様! またこんな所に居たんですかい」 「やい、九鬼丸(くきまる)。こんな所たあ、なんだ。てめえはこの角吉(かどよし)より安くて旨い煮売り屋を知ってんのかよ。ええ? どうよ」  求馬よりもさらに体格の良い男は、小袖を尻端折りにして脇差を差していた。中間と思われる身なりなのに、恐ろしく偉そうに求馬を叱った。 「ああ、ああ、わかってますよ。ここが求馬様のお気に入りだってえことぐらいは。ですがね、朝っぱらから、あっしの目を盗んでちょろちょろなすって、もし怪我でもされちまったら、この首が飛んじまうんでね」 「いや、目を盗んだわけじゃねえぞ。貴様が俺を見失っただけじゃ」 「さっき、船着場で騒ぎがあったってぇ聞いたが、まさか、その騒ぎにイッチョ嚙みしてたってことはねえよな、求馬」  いよいよ呼び捨てになってしまったことに宗次郎が目を瞬かせていると、その男と目が合った。  切れ長で涼しい眼差しは、さぞかし女を夢中にさせるに違いない。そんな風に思わせる色気を含んだ瞳に凝視され、宗次郎はそっと目を逸らせた。 「……おい、求馬。どこで拾った」 「拾ったのではないぞ。どんどんの下で身投げの仏さんを見つけてな、それを一緒に」 「ほぉれ見ろ! やっぱり騒ぎに首を突っ込んでやがった」 「しかし、あれを捨て置けば、男の風上にも置けんぞ」 「いったい何があった」  求馬と向かい合うように、宗次郎の隣に九鬼丸と呼ばれた従者(ずさ)が腰を落とした。  まるで役者のような色男だが、髪に癖があるのか、もみあげの縮れ毛が目に付いた。
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