三 尾張の下屋敷

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三 尾張の下屋敷

 夕餉(ゆうげ)時、宗次郎は雲雀(ひばり)に今朝のことを話した。 「朝、身投げの仏さんを見た」  珍しく、宗次郎から話しかけられ、雲雀が給仕の手を止めた。 「もしかして、どんど橋の?」 「知っているのか」  雲雀はうなずくと、板の間に腰を掛けた。 「ええ、既に小日向でも噂ですよ。お武家様のお嬢さんが道ならざる恋に溺れて身投げしたと。明日の婚姻を拒んでいたとかいないとか。しかも恋の相手は陰間(かげま――男娼)だと言うじゃありませんか」  宗次郎の口から、思わずため息が出た。  やり場のない辛さを堪える浅井の顔や、泣き叫ぶ御内儀の声が過る。  親の心痛などおかまいなしに、噂は尾もヒレもくっ付けて独り歩きを始めるのだ。しかし死んだ本人にはもう、知る術もなければ反論することもできない。 「浅井半兵衛という幕臣の娘だった」 「……あら、その方のお名前、お美津さんと言うんじゃ」  意外にも、雲雀の知人らしい。 「そうだが、知り合いなのか」 「ええ、ちょっと……」  言ったきり、その後何も言わず台所から出て行ってしまった。
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