三 尾張の下屋敷

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「カスミ網だ。無双網ならもっとよく捕れるが、あれは仕掛けが面倒でね、あたしゃ、もっぱらこれだ」  言いながら、男は手にした網を広げていく。  確かに男の言うとおりであるが、網に絡まった雀は弱りやすく、餌鳥の捕獲としては不向きなのだ。それ以前に、鳥の警戒心を煽るため、御拳場(おこぶしば)近隣での網や銃を使った猟は禁じられている。 (つまりこいつが……)  男は自慢げにその得物の利点を説明しながら、準備を進めている。 「そこで見ていろ」  カスミ網を手にしたまま畑まで下りていくと、雑穀を撒き始めた。そして鳥寄せの笛を吹く。すると撒き餌に気付いた雀が数羽、近寄ってきた。一羽が食い始めると、次々と飛来して、畑はたちまち雀の群れに覆われる。  その群を目がけて、網が広がった。 「投網(とあみ)か!」  端に(おもり)の付いた網が、地面を(ついば)んでいた雀はもとより、飛んできた雀までも絡め獲った。  男と共に、宗次郎も網の落ちた場所へ駆け寄る。  絡め獲られた雀たちは、諦めたように大人しくなっている。暴れているのは足や羽が折れて傷ついた雀だ。  二十羽、いや、少なくともそれ以上はいるだろうが、このうち何割が生餌として生き残るのだろうかと、宗次郎は疑問に思う。 「これ、御鷹の餌として売るんだよな」  死にそこないの雀を手にして、男に問う。 「まあ、いくらかは死んじまうが、それでも竿でちまちま獲るよか仕事が速い。すなわち、儲かるってこった。ちなみに、こいつらは食用としても売れる。死んでも損はない」  生餌(いきえ)として使えそうにない雀も一緒くたに、腰の籠へと入れていく。なるほど、大猟を予測してなのか籠も大きい。  ぼんやりと観察していると、男が尋ねてきた。 「あんた、公儀の、じゃねえんだろ。ここらでの鳥刺しは禁じられているんだからよ」  御拳場での鳥刺しはもちろん、寺社敷地や大名屋敷への立ち入りも、町人餌差には許されていない。 「ああ、鳥屋の雇われだ。それにしても、鷹場近くの鳥は捕えやすいな」  宗次郎は男に話を合わせた。  確かに狩りを禁じているだけあって、御鷹場の鳥には警戒心が薄い――御鷹場で雀を追ってみて、気付いたことの一つだ。 「そういうこと。しかし、鳥見役人には気をつけろ」  男が警戒するそぶりで周りを見渡した。そして声を落とす。 「どこの鳥屋に雇われているかは聴かねえが、真面目に問屋に売るよか、もっと儲かるやり方を口添えしてやろう。お前さんの腕なら、今よりもうんと稼げるぜ。どうだ、乗らねえか」  男が片眉を上げると、一緒に口角も上がった。 「乗った」  宗次郎の答を聞くや、ついて来いとばかりに、人差し指を折り曲げ、スタスタと歩き出した。
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