三 尾張の下屋敷

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 宗次郎は後者を選んだ。中を調べるにしても、相手は尾張家である。一旦、伊賀者頭にでも相談した方が良さそうだと、考えた。  この判断が吉と出るか、凶と出るか……  しばらくは、来た時と同じ塀沿いを歩いていたが、ふと思い立ち、畑地に抜ける林の中のわき道に入った。  木立の中を少しばかり行ったところで、 「御命、頂戴仕る」  背後をつけていた気配が、姿を現した。 (吉と出た)  宗次郎の頬が知らずのうちに緩んでいた。 「なに笑っていやがる、餌差の小僧が」  宗次郎を囲んだのは、四人の百姓。だが手にしているのは、(くわ)ではなく、ましてや脇差でもない。立派な刀であった。 「さっきの仕事を断ったからか?」 「問答無用」  手拭いで頭を隠した賊は、格好こそ野良仕事の百姓だが、仕種と言葉遣いから、忍びだと察せられた。 「一つ断っておく。俺はただの餌差ではない。殺生人と呼んでくれ」 「ぬかせ!」  百姓に扮した賊の一人が刀を大きく振りかぶって迫った。  宗次郎は手にしていた竿を放り投げると、覚悟を決めて助広に手をかける。  宗次郎の刀は、すでに鯉口を切っていた。振りかぶった賊の刀が宗次郎目がけ振り下ろされるより速く、脇を駆け抜ける。  二人の体がすれ違うように交差したと同時に、賊の脇腹から血が飛び散った。賊が血を噴く己の脇腹を目だけで確認するも、体は硬直したまま、どさりと畑の脇の柵をなぎ倒した。柵に引っかかった体は無様に折れ曲がり、テラテラと光る内腑が垂れ下がっている。 「油断召されるな」 「……おう」  無駄のない小さい構えを取る二人が言葉を交わす。あとの一人は短く持った刀を下段に構え、宗次郎をじっと睨んでいた。 (跳ぶ……かな)  下段に構えた男のふくらはぎがヒクと動くのが見えた。  三人が動くより先に、宗次郎の方から下段に構える男に向かって踏み込んだ。  予想した通り、男は宗次郎が踏み込むと同時に跳躍した。入れ替わるように二人が左右に分かれて挟み撃ちの形で襲い掛かってきた。
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