三 尾張の下屋敷

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 返り血を浴びた状態で人目に付くのは良くないという九鬼丸の助言に従い、日暮れまでこの百姓家で時間を潰してから、雑司ヶ谷に向かった。  宗次郎の姿を見た杢右衛門は、即刻、紀伊国屋へ使いをやり、今は杢右衛門宅の客間にて、吉兵衛と杢右衛門、そして宗次郎が顔を突き合わせている。 「鳥見役は奴らに殺されたに違いないでしょう。追い詰めて捕らえますか」  宗次郎が杢右衛門に問う。 「それにしても、いきなり刀を抜いて来るとはな。隠したいことがあるにしても、乱暴な手口であるな。余程の荒くれ者か、手慣れた者の仕業か……」 「後者だと思います。それもただのならず者ではない、剣術を正しく習った者の構えでした。とすると、人を斬りなれた用心棒でしょうか」  宗次郎が相手の戦術を細かく説明すると、杢右衛門は腕を組んだまま唸った。 「なるほど……二人が挟み撃ち、一人が目くらましに跳ねる、か。うーむ」 「気になるのは、同士が殺られたことにもほとんど動揺せず背後から斬りかかってきたことです。よほどの覚悟がなきゃ、ああは動けませぬ。それなりに鍛錬された者、例えば百人組や伊賀者のような」 「うむ、忍び崩れかもしれぬな」  杢右衛門の言う『忍崩れ』とは、中々厄介な存在であった。  戦が無くなった今の世、飯を食えなくなった忍びらの末裔のほとんどは百姓となったのだが、中にはその技を使って誰かに仕える者も少なくないと聞く。私的な諜報活動や剣客、用心棒。それが『忍び崩れ』である。 「せやったら、(あるじ)がおるはずや。となると、戸山屋敷け……厄介おすなあ」  吉兵衛の言葉に、杢右衛門が天井を仰ぎ、呟く様に言った。 「尾張殿がかかわっているはずもなかろうと信じたいが……」 「しかし、なぜに餌差なのでしょう」  宗次郎の問いに吉兵衛が答えた。 「そうやなあ。しかし、わしが江戸に来た時すでに、鳥屋は数が限られておりましたんや。御鷹の獲物のため、特に水鳥問屋の仕事は決まりごとが厳しゅうてな、それを守れんかった鳥屋が今年も潰されよった」
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