三 尾張の下屋敷

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「つまり、そういう仕事を失った鳥商いの連中が、裏で取引しておると」 「宮井殿のおっしゃる通りで。わしらも噂では聞いたことがありまする。そういう鳥商いが公儀の餌差やら在郷餌差(ざいきょうえさし)から鳥を買い上げ、大名相手に水鳥を献上したり、餌鳥を都合したり、あるいは鳥請負人(とりうけおいにん)へ不正に雀を流しちゃって、金を儲けとるっちゅうわけじゃ」 「やとしたら、鳥役人が絡んでおる可能性も捨てられまへんな。ますます厄介じゃ」  杢右衛門の言う『厄介』とは、内輪のことを探る難しさを指しているのだ。 「せやなあ、難儀なことになりましたな。たとえ、尾張殿と無関係やったとしても、尾張の役方が知らぬでは済まされまい」  杢右衛門と吉兵衛が顔を見合わせうなずき合う。 「しかし、そのような手練(てだ)れ相手に、ようも無事に帰って来なすった」  吉兵衛が手を伸ばし宗次郎の手に触れた。触れられて、その手にまだ乾いた血の染みが残っていたことに気付いた。 「此度(こたび)のことは上様にご報告せねばなるまい。追って、そなたにも下知があろう。大仰な仕事となりぞうじゃが、後も頼むぞ」  杢右衛門に告げられ、宗次郎は居住まいを正した。  この日、宗次郎は久しぶりに宮井杢右衛門の家に泊ることとなった。  杢右衛門の気遣いだから遠慮なく泊まっていきなさいと、吉兵衛に促され、久しぶりに親子水入らずの夜を過ごしたのだった。  九年前、相賀の義父が死んでから引き取ってくれた杢右衛門ではあるが、宮井家の居心地は思いの外よかった。特に新しい父となった杢右衛門に対しては、ずいぶん昔から自分のことを知ってくれているような、なぜかそんな安心感があって、宗次郎はすぐに宮井家の家族と打ち解けていたことを思い出していた。 (けど、それもこれも、全部お役目のためやった)  当たり前のことなのに、なんとなしに物悲しくなってしまった。  雑司ヶ谷にある小栗組の御鷹部屋御用屋敷は、年の初めに移転したばかりで、家のそこかしこから、まだ真新しい木の匂いが漂ってくる。  その少しツンとするような生っぽい匂いを嗅ぎながら目を閉じた。木の香が血の臭いを忘れさせてくれるはずだと言い聞かせるように、何度も鼻孔を膨らませ、スンスンと鼻で息を吸う。  スンスンという音は、まるで宗次郎のすすり泣きのように、部屋の中に充満していった。
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