ショートショート ちょっぴりホラーな話 その3同居人

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「あっ、トオル?今、駅に着いたところ。  何か食べ物とか、買っていく?」  ミユキは駅前から彼氏のトオルに連絡した。  会うのは1週間ぶりだった。 「いや。あまり食欲がないから、何もいらない。  ミユキの分だけ買って来たらいいよ。俺の部屋には何もないから。」 「分かった。そうする。」 「じゃあ、後で……」  トオルは素っ気なくスマホを切った。  やっぱり変……  いつものトオルじゃない。  1週間前から人が変わったみたいにふさぎ込んで、アパートの部屋から出てこない。講義も欠席したまま。  ちょうど、今から行く部屋に引っ越した時からだ。  トオルが引っ越したアパートに行くのは今日が初めてだったミユキは、何も買い物をしないで真っ直ぐにアパートに向かった。 ◇  ここか……  ミユキはナビが表示されているスマホの画面から前方に視線を上げた。  ミユキの視線の先には古びた2階建ての木造アパートが建っていた。  駅近なのに相場よりも家賃が安いって、トオルは喜んでいたけど……  そのアパートは周りのマンションや雑居ビルの中にうずもれて、隠れるようにひっそりと建っている。  2階に上がったミユキは201号室のチャイムを押した。  なんか緊張するな……  ドアの奥からこもったチャイムの音が響いてきた。  カチャッ  トオルが無言でドアを開けた。 「ミユキ……」 「会うの、久しぶりだね。」  1週間ぶりにあったトオルは、人が変わったようにやつれていた。 「トオル、大丈夫?体調悪そう……」 「そう?普通だけど。」 「中に入れてくれる?」 「あ、うん。どうぞ……」  感情が無くなってしまったかのように、トオルは無表情だった。 「お邪魔します。」  トオルの部屋は想像していた以上に広く、ガランとしていた。 「ここ、広いんだね。1LK?」 「2部屋あるから、2LKかな……」 「そうなんだ。  寝室はあっち?」  私はリビングの横の部屋を指さした。 「うん。あそこで寝てる。」 「もうひと部屋があの奥?」  ミユキはふすまで仕切られた部屋に視線を移した。 「うん。和室。」  トオルは和室の方を見ずに答えた。 「じゃあ、私が一緒に住んだら、和室が私の部屋かな?」  ミユキはリビングに充満している重たい空気を変えようとして、冗談めかして言った。 「え?和室はどうかな。使うかもしれないし。」 「今、使っているの?」 「俺は使っていないけど。」 「俺は……って、独り暮らし、だよね?」 「まあ、そうだけど……」 「何?誰かいるの?二股じゃないわよね?」  ミユキは、わざと怒るような素振りをしてみた。 「そんなことしないよ。」  トオルは素っ気なく答えた。 「ちょっと、あの部屋、見てもいい?」  ミユキは勢いに任せて言った。 「えっ?  別に……いいけど……」  トオルは特に拒否しなかった。  ミユキは奥の和室が妙に気になっていた。  別に勘が鋭いわけでも霊感がある訳でもない。  ただ、何となく、嫌な胸騒ぎがした。  ミユキは立ち上がるとリビングの奥のふすまに手を掛けた。  手を掛けた右手が少し震えている。  その時、トオルのことが気になって振り返ると、トオルはミユキの方を見るでもなく、まるで無関心にスマホを見ているようだった。  ミユキは思い切ってふすまを開けた。  和室の室内にリビングからの光が差し込んで中の様子があらわになった。  日中なのに安っぽいカーテンが締まったままの薄暗い室内には、ところどころすり切れた古そうな畳が敷いてあって、かび臭さが鼻を付く。  窓の向かいに押し入れがあったが、家具の類は置かれていなかった。と言うよりも、室内には物が一切無くガランとしていた。  そのために、6畳間とは思えないくらいに広く感じた。  ミユキが和室の中に足を一歩踏み入れると、何物かの気配を感じ取った。  この部屋に何かがいる……  霊感のないミユキだったが、直感的にそう思った。  視線は自然と押し入れに釘付けになる。 「トオルッ!押し入れには何か入っているの?」  ミユキは必要以上に声を張って訊いた。  もし、何者かがこの部屋にいるのなら、その何者かに聞こえるように…… 「……何もないと思うよ。」 「思うって、自分の部屋でしょ?」 「うん、まあ。」 「ちょっと来てよ。」 「いいよ……そこには何もないって。」  トオルは面倒くさそうに言った。 「なによ。冷たいわね。」  ミユキはトオルの冷たい態度にカチンときて意地になった。  気が済むまで確認させてもらうわよ。  ミユキは物音を立てないようにゆっくりと押し入れの前まで歩を進めた。  私が変な気配を感じたのは、この中だと思う。きっと……  ミユキは押し入れのふすまに手を掛けようとしたが、躊躇して手を止めた。  このふすまを開けたら、取り返しがつかない事態になるような気がした。  でも、ここまできて開けない訳にはいかない……  ミユキは呼吸を整えるとゆっくりとふすまを開けた。  自然とふすまから顔をそむけてしまう。  全開にした後、おっかなびっくり押し入れの中を確認した。  押し入れの中は和室よりもかび臭く湿っていた。  何も無い……  ホッとしたような、ガッカリしたような様々な感情が湧き上がってきたが、それにも増して、モヤモヤが晴れない。  ミユキは思い立ったように手にしていたスマホのカメラを起動すると、畳の上にセットした。  そして、そのまま和室を出てふすまを閉めると、トオルのところに戻った。 「何かあった?」  トオルが興味なさげにミユキに訊いた。 「ううん。特に……」  ミユキはそれ以上何も言わなかった。 ◇  その後、2人はリビングのテレビで配信の映画を鑑賞して時を過ごした。 「あ、私、スマホを忘れたみたい。」  ミユキは唐突にそう言って立ち上がると、再び和室に行った。 ◇  和室に置いてあったスマホを取り上げると、動画撮影をオフにした。  そして、すぐに3倍速で再生した。  スマホの画面にはこの和室の押し入れのふすまが撮影されていた。  倍速再生中、ふすまが映っている動画には変化がなく、まるで静止画のようだった。  ……何も映っていないか。  ミユキが諦めて動画を閉じようとした時、一瞬ふすまが開いたように見えた。  ミユキは慌てて動画をその時間まで戻して再生し直した。  すると、ふすまが少し開いたかと思うと、真っ白な4本の細く長い指先が現れた。  その指は押し入れの中からふすまを30㎝くらい開けると中に消えた。  その直後、薄暗い押し入れの中に男とも女ともつかないような落ちくぼんだ二つの目が現れた。その目は部屋の様子をうかがっているようだった。  すぐに、その目は畳の上にあるスマホが自分の方を向いていることに気付くと、押し入れの奥に消えた。  そして、ふすまが勢いよく閉まると、和室の中は何事も無かったかのように元に戻った。  それから先の動画には、ふすまが写っているだけでなんの変化もなかった。  動画の再生を止めたミユキは、現実の世界に戻った。  戻った途端、自分が背にしている押し入れに恐怖を感じて、恐る恐る後ろを振り返ろうとした。  その時、動画と同じようにふすまが開き出した。
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