ポケットの中

1/1
前へ
/1ページ
次へ
 ふわぁー、よく寝たなあ。  久しぶりにぐっすり眠れたよ。うーん、いつの間にか寝落ちしてたんだ。年末の新店舗立ち上げのために三連続徹夜してほとんど寝てなかったからなぁ。  でも苦労した甲斐があって無事に今朝のオープンに間に合ったし、まあ良しとするか。  キョロキョロ。  ──って、あれ? ここはどこだ。  明るいから朝なんだろうけど、周りの景色が見えない。というか、ざらざらした手触りからすると、俺は今、布で出来た大きな袋の中に閉じ込められているのか?  一応足元には、巨大なサイズのアメ玉が置いてあるからコレで飢えはしのげるだろうけど。  でも一体ここはどこなんだ? 「おーい、目が覚めたかい」  と、突然閉じ込められている袋の上の方から声が聞こえてきたので、彼は天井を見上げる。  そこには、細長い隙間を少しだけ広げて、興味深そうにのぞき込む、耳のとんがった少年がいた。 「すみませーん、こんにちはー。ココは一体どこなんですかー?」  彼は覗きこんでいる少年に声をかける。 「ココは服の世界だよ。それでオイラはズボンの腰ポケットの妖精さ。そう言うオマエは、セビロの胸ポケットの妖精だろ?」  その言葉に驚いた彼は、身体中を触ってみる。すると、耳は尖っていて肩甲骨の辺りからは羽まで生えているようだった。  どうやら、昨日の夜残業中に過労死して妖精に生まれ変わったらしい。  彼が、新しい現実に戸惑っていると、さらに上から声が聞こえてくる。 「お、新入りか? よろしくな。俺はセビロの内ポケットの妖精さ。セビロの持ち主ったらよ、しょっちゅう定期券とか、スマホとか入れてくるから、俺っちの居場所っていつも狭いんだぜ」  今度は若者のような妖精が、くたびれ顔で上から覗き込んでくる。 「はあ。俺の場所にもアメ玉置いてありますよ。セビロの胸ポケットって、基本何も入れませんものね。多分このアメ玉忘れられてるんでしょうね」 「二人とも良いなぁ。ズボンの腰ポケットって、なんでも突っ込まれちゃうんだよ。それこそ、いっつもぎゅうぎゅう詰めなんだもん。もう誰かに代わってほしいなぁ」 「良いじゃない、毎日忙しくてさ。アタシのとこなんか何も入れてくれないわ。あ、アタシ、スカートのポケットの妖精なの、よろしくね新人さん」  少年と青年の妖精に、今度はお姉さんの妖精まで現れて、隙間からこちらに話しかけてくる。  まあ、みんなひと懐っこそうだし、悪いやつじゃなさそうだな。  このまま胸ポケットの妖精として第二の人生歩むのも悪くないか。  彼はそんなことを考えながら、覗きこんでいる彼らに向かって明るく手を振って応える。  * * * 「おーい、洗濯物全部入れたか? 今日からオープンする店舗、サービス価格だから背広もズボンもスカートも、ぜーんぶ持ってって洗うぞ!」  大きな洗濯カゴに服を詰め込んだ男は、家族に向かって大きく声をかけると、車でコインランドリーに向かって走り出した。 (了)
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加