始まりは雨の夜

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壁の外に取り付けられた非常階段は、もう何年も使われていないのか手すりまで錆びついている。小雨の暗闇の中で、スマホのライトだけを頼りに屋上を目指した。 踊り場をいくつか過ぎ、最後の6段を上ると屋上だ。立ち入り禁止と書かれたトラチェーンはあるが、簡単に入ることができた。 ____いよいよだ ゆっくりと屋上の端まで行き、リュックを下ろした。胸の高さほどの柵によりかかり、6階分下の地面を見下ろす。人の通りもなければ、車の往来もない。 さっきまでの雨も止んで、空を見上げたら雲の隙間から星がいくつか見えた。 ____僕も星になれるかな 「ぷっ!ククク……」 誰もいない廃墟のようなビルの屋上で、ガラにもなくそんなことを考えた自分がおかしくて、声を出して笑った。 そのままで、遠くに光る街の灯りを見つめる。あの灯りの下には、楽しくくつろぐ家族や恋人達がいるんだろうなと思うと、こんなところに死ぬためにきた自分が哀れになる。 「こんなはずじゃなかったのになぁ……」 子供の頃からの夢だった教師になるために、田舎から出てきて大学を卒業し、私立高校に採用が決まったのは一年半前。二年目の今年になって副担任としてクラスを受け持つことができた。 自分の教師人生は、これからだと思っていた。生徒に寄り添い慕われて、数年後のクラス会にも喜んで参加できるそんな教師になるはずだった。 なのに。 たった一度の誤解が拡散されて、まるで犯罪者のように扱われ、SNSでは顔写真も名前も晒されてしまった。もう普通の生活もままならない。 キッカケは、些細なことからの誤解だった。ある日の昼休み。校舎の中庭で、イモムシを運ぶ蟻の行列を写真に収めるために地面に這いつくばってスマホを操作していたら、その場にいた女子生徒の一人にぶつかってしまい、その瞬間シャッターが反応して『きゃーっ!』という悲鳴が上がった。 そう。 女子高生のスカートの中を盗撮したと、思いもしない嫌疑をかけられてしまったのだ。
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