忍の矜持、誰かの願い

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忍の矜持、誰かの願い

 かつてこの国には、忍者たちによる大きな戦いがあった。  忍者とは本来、影の存在である。忍者そのものが表舞台に立つことは基本的にないはずだった。では何故、それぞれの里が生き残りをかけて戦争をする羽目になったのか。  元のきっかけは、それぞれの里が使えるお殿様が揉めたことだった、と咲耶は祖父から聞いている。それぞれのお殿様が身内の存在だったことで、内部崩壊を防ぐためお抱えの忍びたちに代理戦争をやらせたのが始まりだった、と。  その結果、多くの忍者たちの血が流れることになった。それはそれは悲惨な戦いであり、もしこれ以上戦争が長引けば今残っている四つの里も全てなくなってしまっていたかもしれないという。  現在は、強大な力を秘めたクリプト絵巻をそれぞれ持つことでお互いが手出しできないよう、相互監視している状態であるそうな。ようは、核兵器の危うい均衡とよく似ていると言っていいだろう。誰かが手を出せば、誰かが絵巻の力で報復をして大きな戦争になる。それぞれが均等に力を持つことで争いを防いでいるというわけだ。  裏を返せば。  どこかの里が絵巻を失ったら最後――よその里からすればまたとない好機ということになる。なんせ、攻め込んでも絵巻の力で報復されることがないのだから。  ゆえに、クリプト絵巻はなんとしても死守しなければいけない。それこそ、多少の犠牲を払ったとしてでも。そうれでなければ、甲賀シティに住む多くの民の命を守ることなどできないのだから。 『本来ならばもう、それぞれの忍者が仕えていたお殿様はいない。……争う理由なんか、ないはずなんだがの』  幼い頃の咲耶に、岩爺は寂しそうに言ったのだった。 『それでも、自分達こそが一番だと、そう示したい奴らがよその里にはたくさんいる。あるいは……この甲賀の地にさえ、野心を持つ者がおらんとは限らん。なんにせよ、絵巻を狙い、再び戦乱の世へと引き戻そうと目論む輩が絶えぬということじゃ』 『せんらんのよ、になったらどうなっちゃうの?』 『たくさんの人が死ぬ。儂も、咲耶も、咲耶のお父さんとお母さんも……友達のネムやシャオランもコンガもみんなみんな』 『そ、そんなのいや!ぜったいいや!』  当時の咲耶に、難しいことは何一つわからなかった。それでも、愛する人達がいなくなることがどれほどの恐怖かは理解できる。  思わず涙目になった咲耶の頭を撫でて、岩爺は微笑んだのだった。 『そうとも、儂だって嫌だ。……それを防ぐために、お前たちは忍者として、立派に成長せねばならんのだ』  あの日のことを。あの日二人で見た夕焼けを、祖父の笑顔を、咲耶は忘れることができない。 『考え続けるんじゃよ。なんのために忍者になるのか。そして……何のために、強くなるのかを』
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