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「こんにちは、奥様は談話室にいらっしゃいますよ」
受付を済ませ、暗証番号のロックが掛かったエレベーターを降りる。
観葉植物の先にある談話室の入り口は、昔行ったペンションで見たような、温かみのある木製のドアで出来ていた。
ガラス窓から差し込む明るい光の中、椅子に腰かけぼんやりとしている君を見つけて、声を掛けた。
「今日は、お天気が良くて、この席は温かいね」
目の前に座る僕に気付いた君は、不思議そうに首を傾げた。
「こんにちは、どこかでお会いしたかしら?」
返事に詰まり、曖昧に微笑むしか出来なかった。
そんな僕の顔をまじまじと見た君は、ふわりと柔らかな笑みを浮かべる。
「ふふっ、あなたは、主人にどこか似ているわ。きっと、主人が年をとったらあなたみたいになると思うの。お仕事が忙しくてなかなか会えないけど、とっても優しいのよ。プロポーズの言葉が、渋紙揉んだおじいちゃんおばあちゃんになっても大切にするよ。だなんて……もっとロマンチックな言葉が良かったんだけど。でも、きっと、大切にしてくれると思ったから結婚したの」
そう言って、皺だらけの指にはめられた結婚指輪の上に、右手を重ねた。
どうやら、いまの君は僕と結婚した頃の50年前に居るようだ。
「結婚して、幸せだったかい?」
長い間一緒にいれば、ケンカもするし、気持ちがすれ違うこともあった。景気が悪い時には金銭的に苦労も掛けた。良いことばかりじゃなかったかもしれない。
それでもふたりで話し合い、苦難を乗り越えてきたはずだった。
これで、自分が思っているのと違う言葉が返って来たところで、いまさら人生をやり直せることも出来ないのに、当時の君の気持ちを知りたくて、恐る恐る訊ねてみたのだ。
それなのに君からは予想外の言葉が聞えた。
「おじいさん。あなたは、結婚して幸せでしたか?」
まさか、問いかけが帰って来るとは思わず、焦って答える。
「ああ……。もちろん、結婚して幸せだったよ」
その答えに君は嬉しそうに目尻に皺を寄せ笑う。
「そう言ってもらえる奥様は幸せですね。あっ、私ももちろん幸せですよ」
君を幸せに出来ていたのだと、ホッと胸をなでおろした。
すると、君はポケットの中をゴソゴソと探って、皺のある手を握り、僕の前に差し出した。パッと目の前で広げた手のひらには、飴玉が2個乗っている。
「ひとつ、いかがですか?」
「ありがとう」
君の手のひらにある飴玉をひとつ、皺の入った手で受け取って、カサカサと包みを開き、それを口に含む。
口の中で、甘く溶けていく飴玉は、懐かしさを思い起こさせ、幸せの味がした。
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