1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
指輪の精 彼方ひらく
仕舞い込んでいたコートのポケットに、男はイミテーションの指輪を見つけた。ほんの短い間、同棲していた古い恋人が置いていったものだった。
親指で撫でた途端、辺りが霧に包まれ、目の前に長い髪の女が立っていた。
「あなたの願いをなんでも三つ叶えましょう」
「そうか。なら、僕の恋人になってくれないか」
「一つ目の願いを叶えます」
それから男は女と暮らすようになった。食事を共にし、他愛もない会話をし、ときには旅行に出かけた。
だが、ときどき女は己の務めを全うしようとした。ベッドで寄り添っているとき、忘れた頃に、突然耳元でささやくのだ。
「二つ目の願いは?」
「そんなこと、もう二度と聞かないでくれ」
何十年か経った。
全てのものが古びていく中で、女だけが年をとらなかった。男は病で立ち上がることができなくなった日、女の手をとった。
「三つ目の願いがある」
「なあに」
「僕を君の指輪にしてほしい」
男の姿が消え、女の掌にひとつの指輪が残された。彼女はそれを、静かに薬指にはめた。
最初のコメントを投稿しよう!