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悪女と勘違いされてパーティーから追放されかけた菓子職人ですが、なぜかスイーツ男子の公爵令息にドロドロに甘やかされてます
「よし、完成!」
私は焼き立てのスノーボールを一つ摘んで口の中に放り込んだ。
サクサクの生地を一噛みすればすぐにホロホロと崩れていき、バターの風味と粉砂糖の甘味が後を引いて、ついついもう一つ食べてしまいたくなる。でも、これはお客様にお出しするものなのだから我慢だ。
我ながら最高の焼き加減だと心の中で自画自賛しながらスノーボールを器に盛っていると、隣から弟の興奮したような声が聞こえてきた。
「姉貴、これマジで美味いな。やべ、止まんね」
「ちょっ、バカ! フリッツ! 味見は一つだけって言ったでしょ!? そんなに食べたらなくなっちゃうじゃない」
「ごめんごめん、でもすげー美味いから我慢できなくて」
「子供じゃないんだから、そのくらい我慢しなさい! 今日は大事な日なんだから真面目にやってよね」
「はーい」
そう、今日は菓子職人である私、ニコラ・メルシエにとって大切な日。
伯爵令嬢のソフィア様が、親しい方々に侯爵令息のルイ様との婚約を報告するために開催するティーパーティーで、私が作ったスイーツがお茶菓子として振る舞われるのだ。
きっかけは以前にソフィア様がよその屋敷で出された私の店のスイーツを召し上がったこと。いたく気に入られたそうで、以来何度かご注文いただき、今日という大事な日に私の腕を信頼して任せてくださったのだ。
王都で弟と一緒に菓子店を開いて二年。目立たない立地のせいで客足は少ないが、味はどこの店にも負けない自信がある。このパーティーに参加される多くの貴族の方に認められれば、お客様が増えて、お店をもっと大きくしたり、立地のいい場所に移転もできるかもしれない。
「よし、お菓子は全部完成したから、ソフィア様のお屋敷に届けにいきましょ。今日は絶対に失敗できないから気をつけてよね」
「はいはい。分かったって」
◇◇◇
お屋敷に着くと、広い庭園ではすでにテーブルセッティングの準備が始まっていた。茶器やフラワーアレンジメントのセンスが素晴らしく、この素敵な空間に自分の作ったスイーツが加わるのかと思うと、自然とテンションが上がる。
逸る気持ちをなんとか抑え、まずは作ったスイーツを納品しに厨房へと向かう。
「こんにちは、メルシエ製菓店です」
弟が愛想よく挨拶をする。店では私が製菓担当、弟が接客に製菓の手伝いと役割分担をしていて、発注者との対応も弟の仕事だ。弟は私と二人きりだとチャランポランでアホな弟なのに、外面はよく、人好きのする風貌なので接客向きなのだ。
逆に私は職人気質なところがあって、できればずっとスイーツ作りに集中していたいので弟のおかげで助かっている。それに、自分で言うのも悲しいけれど、私は顔つきがよく言えばシュッとした、悪く言えばキツそうな見た目で、接客では悪印象を与える可能性があるので、なるべく裏方に徹しているということもある。
「本日のパーティー用のスイーツをお届けにまいりました」
そう声を掛けると、厨房の中からなんとソフィア様が出ていらっしゃった。
「ニコラさん、フリッツさん、今日はありがとうございます。ニコラさんのスイーツが食べられるのを昨日からとても楽しみにしていたんです」
今日という機会をくださった恩人の登場に、私は弟を押しのけて挨拶をする。
「ソフィア様、こちらこそ、このような素晴らしいパーティーで私の作ったスイーツを出していただけるなんて夢のようです。ソフィア様とルイ様、そして招待客の皆様のために心を込めて作りましたので、喜んでいただけたら幸いです」
「ニコラさんのスイーツを召し上がったら、きっとルイ様もお客様もその美味しさに驚かれてしまうに違いありませんわ」
ソフィア様がにっこりと微笑む。
パーティー前でお忙しいだろうに、わざわざ挨拶をしに来てくださるなんて本当にお優しい方だと感動していると、ソフィア様はさらにこんなことを提案してくださった。
「そうですわ、もしよろしければ、パーティーの様子を少し覗いていかれませんか? お客様の反応を間近でご覧になるのは、ニコラさんとフリッツさんにとっても良い経験になると思いますの」
「え、私たちなんかがよろしいのですか?」
「もちろんです。ご迷惑でなければ、パーティーの途中で皆様にニコラさんをご紹介させてください」
「あ、ありがとうございます……! それではお言葉に甘えさせていただけますか? 何から何まで本当にありがたいです」
「ふふ、私はニコラさんのスイーツの大ファンなので、少しでもお力になれたら嬉しいですわ」
それから私と弟が何度もお礼を伝えていると、ソフィア様の侍女らしき人がやって来て、そろそろお支度があるからと言うことで、ソフィア様を連れていってしまった。
やはりお忙しい中、無理に時間を作ってくださったのだ。せっかくのご厚意を無駄にしないよう、スイーツを召し上がったお客様たちの反応をしっかり見届けなければと胸に誓い、私は弟と一緒に庭園へと向かった。
◇◇◇
パーティー会場では、先ほど納品したスイーツがさっそく並べられている。美しい器に盛り付けられ、より一層美味しそうに見える。
「やっぱりシンプルな見た目のものだけじゃなくて、フルーツタルトみたいな鮮やかなものがあるとパーティーで映えるわね。今回、見た目にもこだわって正解だったわ」
「ああ、味がいいのが大前提だけど、見た目のインパクトも大事だよな」
目立たないよう木陰に隠れながら弟とスイーツ談義をしていると、やがて招待客の方々が会場へと入ってきた。それぞれテーブルに案内され、本日の主役であるルイ様とソフィア様の登場を待ちながら、目の前のスイーツについて楽しそうに話している。
「これは……バラの花?」
「まあ、これ、林檎のタルトだわ! よく見たら、林檎を薄くスライスしてバラの花を模しているのね!」
「なんて美しいの……! 食べてしまうのが勿体ない……」
今、ご婦人たちが盛り上がっているのは、手のひらサイズの林檎のタルトだ。
ソフィア様がルイ様から求婚された時にバラの花を贈られたと伺ったので、試行錯誤して作った自信作だ。
招待客の人々の反応も上々で、ほっと安心するとともに嬉しい気持ちが込み上げてくる。
弟と二人で、「よかったな」「苦労した甲斐があった」などと言い合っていると、拍手の音が聞こえてきた。ついにルイ様とソフィア様のご登場だ。
二人とも美男美女で、何度もお互いに見つめ合って微笑みを浮かべ、とても仲睦まじいご様子なので、見ているこちらまで幸せで胸がいっぱいになってしまう。
そして主催者であるソフィア様、ルイ様の順で挨拶をされ、いよいよティーパーティーが始まった。
招待客の人々は、みな待ちかねたといった様子で、上品さを保ちつつも次々とスイーツに手を伸ばしている。
「この林檎のタルト、見た目が華やかなだけではなくて、味も本当に美味しいわ」
「タルト生地の焼き加減も絶妙ね」
「こちらのマカロンもフワッと軽い食感でいくらでも食べられそうよ」
「私はこのマドレーヌが気に入ったわ。今まで食べた中で一番美味しい」
自分が作ったスイーツを褒めてくれる言葉がたくさん聞こえてきて、本当に夢のようだ。こんなに幸せでいいのだろうか。感動のあまりにしばし呆けていると、弟が楽しげに話しかけてきた。
「紳士方にも好評みたいだぜ。さっきから休みなくすげー食べまくってる人もいたし。ほら、あの金髪イケメン」
「あの上座にいらっしゃる方?」
「そうそう、なんだか見覚えがある気がして眺めてたら、めちゃくちゃ食うからビビったわ」
「男性の方にも好んでもらえたならよかった」
今日は色々な嗜好の方がいらっしゃると思って、甘さ控えめのスイーツも何種類か用意していた。男性客の様子を伺うと、甘さ控えめのものに手をつけている方が多かったので、風味があっさりめだったり、ビターなスイーツも増やしたら男性客が増えるかもしれないななどと考える。
ちなみに弟が注目していた男性は、甘みの強いスイーツも美味しそうに食べていた。きっとスイーツが大好きな方なのだろう。巷ではそういう男性をスイーツ男子と呼ぶらしい。
男性が菓子好きだなんてと嘆く人もいるそうだが、私はとても素敵だと思う。好きなものを好きに楽しんで何が悪い。菓子職人の立場からしても、丹精込めて作ったスイーツを美味しく食べてもらえたら、これほど嬉しいことはない。
「そういや姉貴、例のゼリーに何か仕込んでただろ? あれは何だったんだ?」
スイーツ男子の方の食べっぷりを観察していると、ふいに弟が尋ねてきた。ルイ様へのサプライズ用のスイーツについて聞きたいらしい。
「ああ、あれはね、魔法のシロップをかけるとあら不思議。あるものがすっかり変わってしまうのよ。まさに恋の妙薬、なんてね〜」
「はぁ? 恋の妙薬? でも姉貴のことだからきっとすげー仕掛けなんだろうな。これでソフィア様だけじゃなくて、ルイ様も虜にしちまうかもな」
「まあ、心を掴めたらいいとは思うけど……」
弟もビックリさせたくて、そんな風に秘密めかせて話していたその時、背後でガチャンと食器の割れる音が聞こえた。
驚いて振り返ると、そこには伯爵家のメイドが青ざめた顔をして立ち尽くしていた。
「だ、大丈夫ですか?」
私がメイドに声を掛けると、メイドはキッと睨みつけながら「この魔女め……!」と叫んでどこかへと走り去っていった。
訳がわからず、どうしたんだろうね、と弟と顔を見合わせた次の瞬間、私は誰かに体を拘束されたのを感じた。
「おいっ! どうして騎士が姉貴を……!?」
弟の声で、自分が騎士に腕を押さえられていることが分かった。しかも、弟も私同様、騎士に腕を掴まれている。
「あの……これは一体どういうことでしょうか?」
騎士に尋ねても答えてくれることはなく、そのままパーティー会場の中央へと連れられていく。
もしかすると、ソフィア様から見学の許可を頂いていたのが伝わっていなくて、不審者だと思われてしまったのだろうか?
どうしようかと焦っていると、とうとうソフィア様とルイ様の目の前に連れて行かれてしまった。
「ニコラさん、なぜルイ様の護衛騎士に……? ルイ様、これはどういうことですの……?」
「いや、僕にもさっぱり……。おい、どうしたというんだ」
ソフィア様もルイ様もまったく状況が掴めていないようで、戸惑っている様子だ。
ルイ様が問いただすと、護衛騎士は淡々とした態度で答えた。
「この女がルイ様の菓子に薬を盛ったようなのです」
「は!? 薬!?」
私と弟が一緒に叫ぶ。
「どういうことですの? 何かの間違いでは……」
ソフィア様が困惑した表情で仰ると、先ほど走り去っていったメイドが現れ、私を指差して自信満々に言った。
「私が確かにこの耳で聞きました! この女はこう言っていました。ルイ様の召し上がるゼリーに魔法のシロップをかけると、すっかり心変わりしてしまうと。恋の妙薬のおかげで、ルイ様はソフィア様ではなくて自分の虜になる。その心を掴んでしまうのだと……!」
そう私の発言について証言したのだが──ところどころ合ってるけど、微妙に間違っている……!
なんだか、非常にアウトな聞き間違いをされてしまっている……。
「ち、違います! 誤解です!」
「俺たちはそんなこと言ってないし、薬なんて盛るわけない!」
「あの、この方々は私たちのために……」
「ソフィアお嬢様、きっとこの女はルイ様に横恋慕し、お嬢様に嫉妬したどこぞの悪女が変装して潜り込んだのですわ。見るからにそんな顔つきをしていますし。早く捕らえて大事なパーティーから追い出さなくては……!」
私と弟、そしてソフィア様も必死で誤解を解こうとするが、この想像力たくましいメイドは捕縛だの追放だのとまくし立てて、まったく聞く耳を持たない。
ルイ様もソフィア様を信じたいけれど、目撃証言を無下にすることもできずに悩んでいらっしゃるようだった。
どうしよう、私なんかがこんな場違いなところにいたのが間違いだった。そう思ったとき……。落ち着きのある堂々とした声が響き渡った。
「待ちなさい。その方々は私の知り合いだ」
声のした方を振り返ると、そこにはさっきお菓子を食べまくっていた金髪イケメンのスイーツ男子が立っていた。
「シリル……君の知り合いなのか?」
「ああ、そうだ。それに薬を盛ったというのも誤解のはずだ。拘束を解いて差し上げてほしい」
シリルと呼ばれた甘い顔立ちの男性がルイ様に掛け合ってくださる。
すると、招待客たちがざわめき始めた。
「一体どういうことなの?」
「公爵令息のシリル様と知り合いだなんて、何者なの?」
「それにしてもシリル様はいつ見てもお美しいわ……」
なんと、私が心の中で気安くスイーツ男子などと呼んでいたイケメンは、公爵令息だったらしい……。でもそうなると、ますます不可解だ。そんな身分の高い貴族の方と私が知り合いのはずがない。弟もさぞ困惑しているだろうと顔を見てみると、弟はなぜかクイズの正解がやっと分かったみたいな顔をして叫んだ。
「やっぱり! シリルさんだったんですね!」
「はぁ!? あんた知り合いなの!?」
私が驚いて尋ねると、弟が呆れたように言った。
「姉貴、常連さんの顔くらい覚えろよ。よくうちの店に来てたくさん買ってくださるお客様じゃないか」
「あ、あー、あの方……。でもあの方は眼鏡を掛けていたし、髪の色が茶色じゃなかったっけ?」
「お店に伺うときは多少変装していたもので……」
シリル様が申し訳なさそうに仰る。すると、ルイ様がごほんと咳払いをして会話に割って入った。
「シリル、君たちはどういう知り合いなんだ?」
「この方々はメルシエ製菓店の職人さんたちで、私はそのお店の常連客だ」
「なるほど……。それで誤解だと言うのは?」
「菓子職人のニコラさんが、どれほど菓子作りに情熱を注いでいるかを知っていれば、その彼女が菓子に薬を盛るなんて真似はするはずがないと分かる。そうだろう、ソフィア嬢?」
「はい、シリル様の仰る通りです。私はニコラさんの作るお菓子のファンで、今日のパーティーのお菓子作りをすべてニコラさんにお願いしたのです。そして後ほど皆様にもご紹介しようと、お二人には会場の隅でお待ちいただいていたのですわ」
シリル様とソフィア様の説明で、招待客たちは「まあ、そうだったのね」と落ち着きを取り戻しかけていた……のだが、メイドはまだ信じられない様子で涙ながらに訴えた。
「でも、私は確かに聞いたのです! こんなにお似合いなお嬢様とルイ様に何かがあったらと思うと私……!」
どうやら、ソフィア様とルイ様を思うあまりに暴走してしまったようだ。
拘束を解いてもらった私は、深くお辞儀をして弁明した。
「誤解を招くような物言いをしてしまって申し訳ありません。あれは、ルイ様を心変わりさせるような薬の話ではなく、ルイ様とソフィア様のためにお作りしたスイーツの仕掛けの話をしていたのです。せっかくですから、今そのスイーツを披露させていただいてもよろしいですか?」
私が申し出ると、ルイ様とソフィア様が頷いてくださった。
私は給仕の責任者の方にお願いをして、パーティーの最後に出していただく手筈だったスイーツを運んでもらった。
「まあ、これは……青いゼリー? まるで宝石みたい……!」
ソフィア様がわくわくした表情で尋ねる。
「はい。仰る通り、宝石に見立てています。最初はこのように青い色をしていますが……ルイ様、このシロップをゼリーにかけていただけますか」
「このシロップを?」
「はい、ご安心ください。ただのレモンシロップですから」
「分かった」
ルイ様がゼリーにシロップを掛けると、それまでサファイアのような青色だったゼリーが、見る見るうちに紫色へと変わっていった。
「まあ……! ゼリーの色が青から紫に変わったわ!」
「すごいな……あ、これはまさか、僕とソフィアの家紋の色……?」
「はい、ソフィア様の伯爵家の家紋の色である青から、ルイ様の侯爵家の家紋の色である紫へと変化させることで、ソフィア様がルイ様の元へと嫁がれることを表現しています」
「なんということだ……!」
ルイ様が感嘆するようなため息を漏らした。
「また、紫色の宝石といえばアメジスト。そしてアメジストは愛の守護石とも呼ばれ、その宝石言葉は『真実の愛・心の平和・誠実』。お二人が真実の愛で、末永く幸せに結ばれるよう願って作らせていただきました」
サプライズスイーツの説明を終えてお辞儀をすると、ソフィア様もルイ様も、先ほどまで激昂していたメイドまでもが感極まった表情で目を潤ませていた。
「ニコラさん、こんな素晴らしいスイーツを作ってくださっていたなんて、なんとお礼を言えばよいか……!」
「ああ……! 私が間違っていました……。酷い無礼を働いてしまったこと、どうぞお許しください……!」
「いえ、私の発言も紛らわしかったですから、気にしないでください。さあ、ルイ様、ソフィア様、よろしければ召し上がってみてください」
ルイ様とソフィア様が大切そうにそっとスプーンで掬って口に入れる。
「なんて美味しいの……!」
「下にあるミルクゼリーの程よい甘さと、レモンシロップの酸味の相性が絶妙だ」
二人とも笑顔で見つめ合いながら、美味しそうにゼリーを召し上がってくださっている。
その姿を見ているだけで、さっきまでの冤罪追放騒動も、まあいっかと許せる気持ちになってしまう。そもそも、誰が悪いということでもなかったしね。
ふとそこで、まだシリル様にきちんとお礼をしていなかったことに気がついた。
私としたことが、恩人にうっかり失礼をしてしまうところだった。慌てて弟と二人でシリル様の元へと駆け寄り、助け舟を出してくださったお礼を伝える。
「先ほどは本当にありがとうございました。おかげさまで誤解を解くことができました」
「いえ、大したことはしていないので。それより……あのサプライズスイーツはルイとソフィア嬢の分しかないのかな?」
「え、ああ、はい。あちらはお二人の分のみです」
「そうか、残念だ……」
シリル様があまりにも残念そうに言うものだから、つい申し訳ない気持ちになった私は、こんなことを言ってしまった。
「それでは、本日のお礼に先ほどのゼリーと、他にもいくつかスイーツをお作りしてお届けしますよ」
「本当かい? それなら、スノーボールも頼めるかな。大好きなんだ」
イケメンににっこりと微笑まれて「大好き」だなんて言われると、スノーボールのことだと分かっていてもドギマギしてしまう。
私が柄にもなく真っ赤になって「か、かしこまりまちた」と言うと、シリル様が「可愛いな」だなんて追い打ちをかけてくるものだから、私はさらに真っ赤になってしまった。
ちなみに弟は「噛んだ、ウケる」と言って爆笑していたので、絶対後で殴る。
◇◇◇
いろいろあった伯爵家でのティーパーティー以来、メルシエ製菓店は一気に客足が増えて、王都で一番人気の菓子店となった。売り上げも右肩上がりで、もうすぐ王都の中心に近い場所に移転して、今よりもずっと広いお店をオープンすることになっている。
さらに私はシリル様の依頼でスイーツをお届けするためにしばしば公爵邸を訪れるようになっていた。
そして今日もフルーツタルトとガナッシュケーキ、それにスノーボールをお届けにやって来た……のだったが、なぜか私は今、シリル様の膝の上に座っている。
「ほら、ニコラ。このスノーボール、最高に美味しいよ。口を開けてごらん?」
「シリル様、一人で食べられますので……」
「でも、こうやって食べるほうが、ニコラも私も幸せな気持ちになれると思わないかい?」
「さほど思いませんね……」
「さほどってことは、少しは幸せってこと?」
「シリル様はポジティブですね……」
もう毎度のことだが、何度考えてもこの状況はおかしい。
私は甘いスイーツを届けにきたはずなのに、なぜか私が甘い砂糖漬けにされている。
「……シリル様は、なぜ私みたいな可愛げのない女に構うんですか?」
「私はカカオ90%のビターチョコレートも好きだからね」
シリル様が私を抱きかかえながら綺麗な顔でにっこりと微笑む。
「そんな君が作る甘くて美味しいスイーツと、たまに見せる君自身の甘さに、私は虜になってしまったんだ」
「わ、私が甘い……?」
「ほら、その真っ赤になった顔。それにこんなに甘い匂いも漂わせて……。もう私は君なしでは生きていけなくなってしまった」
耳元で聞こえるシリル様の囁き声のあまりの破壊力に固まっていると、シリル様が私の口にスノーボールを押し込んだ。
「味はどうだい、ニコラ?」
「……とっても甘いです」
スイーツが大好きなシリル様にとことん甘やかされて、もうすぐ私の心も甘く溶かされてしまいそうです……。
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