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僕の手首を強引に掴んだ劉生は、泡と血にまみれた僕の手を、流れっぱなしの水道水で流した。そして水を止めると、僕を連れてリビングへと向かった。チェストの上から救急箱を手にし、僕の手に手際よく消毒液をかけ、ガーゼを当ててから、包帯を巻いていく。
「コート、取ってこい」
「え?」
「救急行くぞ」
「……」
僕は何度か瞬きをした。すると浮かんでいた涙が頬を伝った。
「怒ってないの?」
「怒ってる」
「っ、ごめん。お茶碗、本当にごめんなさい」
「あ? お前、何に俺が怒ってると思ってんだよ?」
「大切な茶碗を、僕が――」
「そんなものはまた買えばいいだろうが」
「え?」
「迂闊なお前にキレてんだよ。泣くほど痛いんだろ? 深そうだったし、そうでなくとも破片が残ってたら困る」
劉生は、やっぱり優しい。僕はその優しさに、今度は泣いた。
その後コートを着た僕は、劉生に連れられて病院へと行った。少し縫って、帰宅する。僕は劉生を見た。そして一緒にベッドに入った。この日、劉生は僕を抱きしめて眠ったが、SEXはしなかった。体を重ねない水曜日は、久しぶりだった。
――そして、その週は、金土日のいずれも、劉生は朝帰りをしなかった。僕は嬉しくて、歓喜の涙を零しながら、三日間の全てを劉生と過ごし、夜は抱かれた。傷の痛みも消えていて、その次の週の水曜日の昼間に、抜糸してもらった。愛を感じたし、もう劉生は浮気をしないかもしれないと期待もした。
だが……その週の金曜日には、劉生は再び朝帰りしたし、以後も浮気は止まらなかった。
――浮気は許せない。
――でも、別れたくない。
――劉生は優しい。
――だけど僕の泣き顔が好きらしい。
――だが、怪我をして泣くのはダメだそうだ。
それらの現実は、僕を確実に苛んでいった。僕は日がな一日、日中は劉生の帰りを待ちながら、一人きりで、劉生の事ばかり考えている。転職活動にも身が入らず、劉生がいても眠りが浅くなってきた。深く眠れるのは、体を繋いだ後、意識を飛ばすように眠る時、即ち週に三日ほどと決まっている。
「ごめん、全然仕事が決まらなくて」
「別にいいだろ。俺、金には困ってないし、お前一人くらい養える」
「でも……バイトくらい、しようかなって思ってる」
「やめとけ。俺、前にも言ったけどな、夏海が外に出るの嫌なんだよ」
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