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「そういえば、どうしてなの?」
「またセクハラするような奴が出たらどうすんだよ?」
「え? そ、それは、僕だって怖いけど、僕は男だし、普通は――」
「お前な、俺が一目惚れするほどの美人なんだから、もっと自覚を持て。大学時代だって、俺は何度もお前によってきた害虫を追い払っただろ」
「一目惚れ? 害虫?」
「なんでもない。それより、寝るぞ」
こうしてその日も押し倒された。本日は水曜日だ。それ以外の曜日は、金曜は浮気か僕、月と火と木はランダムだから、週に三回の行為で絶対なのは、相変わらず水曜日だけだった。僕はキスを重ねながら、毎日が水曜日だったら良いのにと、漠然と思った。
その内に、春が近づいてきた。
最近は、寒暖差が激しい。くしゃみと咳が出るようになったのは、その頃だった。花粉症になった事は無いが、ついに今年はデビューしてしまったのだろうかと考えながら、僕はマンションの掃除をしていた。金曜日の夕方の事だ。なお、その週は、金曜の夜から月曜の朝方まで、劉生は帰ってこなかった。最近では、連日の外泊もある。浮気癖は悪化の一途をたどっていて、朝帰りだけではなくなっていた。
月曜の朝も、帰ってきた気配に僕がエントランスへ向かうと、『出張だから荷物を取りに来た』と言って、劉生は真っ直ぐ自室へと向かい、スーツに着替えて荷物を持ち、そのまま出ていった。僕は見送る事しか出来なかった。
「っく」
出張が三日間だというのは聞いていた。
月曜から水曜日まで。水曜の午前中にこの街に帰ってくるそうで、午後は半日休暇だと聞いていた。トークアプリで『頑張ってね』と送りながら、僕は咳き込んだ。救急箱から取り出した市販の風邪薬を飲んではいるのだが、いっこうに咳が止まらない。鼻水も、頭痛も。眩暈まで始まった。花粉症でなく風邪だと分かったのは、月曜の夜、熱が上がった時だ。寒気がしたから体温をはかったら、三十八度も熱があった。
横になったまま、僕はぼんやりしていた。劉生がいないから、眠れていない。先週の金曜日から、水曜日の朝四時になった現在まで、僕は時折微睡むだけで、ほとんど起きている。薬を飲むのだし何か食べなければと思うのだが、食欲がない。ガクガクと体が震えるから熱を測れば、三十九度もあった。熱が下がる気配もない。全身が熱いのに、寒い。解熱剤を無理に飲んでから、僕は再び微睡んだ。
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