第十一章 夜が静かになる

6/10
前へ
/159ページ
次へ
「生きる事……」  大切な人を失った讃多は、それでも生きる事を選んだのだ。それを、俺も応援したい。 「それも、ファン心理なのか……」  妻を失っても、立ち直ってしまった讃多を、愛していたのならば立ち直れない筈と非難する者もいる。だが、人は立ち上がって前を向く生き物だ。だから、讃多は間違っていない。 「僕も夏目ちゃんのファンだよ。でもね、とっても汚い感情もあってね。夏目ちゃんを独占したいから、どこか遠くの、誰も知らない場所に連れてゆきたいと思う」 「まあ、人にはそういう感情もある」  独占したいと思う事は本能で、本能を否定するのは理性だ。でも、本能を認めてしまうのもいい。 「誰も知らない場所で、かつ一人も知り合いがいなければ、夏目ちゃんは、僕しか頼れなくなる。僕だけを頼って、僕だけを見ていて欲しいと思う」 「それは、恋だ!ファンというのは、恋の事なのか!」  だから、辺鄙な場所に来ても、笑っていられるのだ。ここには、独占が出来る場所がある。互いがいれば、それで世界が完結できるのだ。 「珠緒ちゃん、分かり易い説明だった」 「説明じゃないよ。僕の心!」  珠緒曰く、独占欲というものは存在していて、それは強いものだという。珠緒は、全てに執着していないように見えて、大切なものはポケットに入れている。そして、ポケットに入る俺が、愛おしくてたまらなくなるという。 「ポケットに入っていません」 「半分、あ、足しか残っていなかったら、ほぼ全部。夏目ちゃんは、僕のポケットに入っていたよ。もう、夏目ちゃんが僕のものみたいで、嬉しくて、愛おしくて……ポケットの中は、僕の愛だもの」  珠緒には、俺には分からない感情というものが存在するらしい。  珠緒の説明を聞いている内に、車は久し振りの道路に出た。そして道路の先には、牧場が見えていた。  その牧場は青空の下で、とても広く、揺れる草原には、様々な動物がいた。 「……見た事もない鹿がいる」
/159ページ

最初のコメントを投稿しよう!

70人が本棚に入れています
本棚に追加