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【05】絵本について。
セレフィ様が王宮の庭園で開催しているお茶会には、本日は約十名の参加者がいた。顔・名前・家柄・派閥は全て頭に叩き込んであるが、私は特に誰とも個人的には親しくないし、かといって険悪な仲でもない。
席順は、セレフィ様の隣の椅子が私のためにあけられていた。もっと端で良いのだが、そこは家柄の問題だからなのか、私は大体お招きされるとこの位置に座らせられる。
「ごきげんよう、リリア」
「お招きありがとうございます、セレフィ様」
一礼してから、私は侍女が引いてくれた椅子に座した。来年高等部になったら、基本的に毎日通学する事になるので、お茶会の頻度も減るのだろうか。護衛的にはその方が楽で良い。ただセレフィ様のご公務も増加していくだろうから、別の意味では忙しくなりそうだ。その後、お茶会のひと時はまったりと過ぎていき、私は静かにケーキを食べていた。
「――それで、リリア」
私がちょうど食べ終えた時、セレフィ様が声をかけてきた。なんだろうかと顔をあげると、見惚れてしまう微笑を浮かべているセレフィ様が私を見ていた。
「最近、図書委員会の仕事はどうですか?」
「……絵本の貸し出しが増加傾向にあります」
来年は、少し絵本を多めに購入した方が良さそうだと私は思っている。
「まぁ。どんな絵本かしら?」
「『あなたが好きです』というタイトルの絵本が人気なのか、毎週貸し出しをしているように思います。何度も借りては返される方がいて」
「そう。リリアも好きなのかしら?」
「私はどちらかというと……」
悪役令嬢が断罪される方向の本の方が好きだったのだが、この異世界には存在していない……。数少ない童話などを読んで過ごしている事が多い。
「……もう少し対象年齢が高い書籍を読む事が多いです」
素直に私が答えると、セレフィ様が珍しく吹き出すのを堪えたようだった。慌てたように扇で口元を覆っている。
「そ、そうなのね。子供っぽいという事ね! そうよね、私もロマンティックな告白の一形態かと思たったけれど、児戯!」
「?」
「リリアは私のそばにいてくれなくては嫌よ」
話が見えなくなってきたのだが、私は護衛なので勿論そばにいる。
「勿体ないお言葉です」
「それにしても、リリアも結構言うのね、はっきりと」
「?」
「それではリリアは、他には好きなお相手がいるのかしら?」
「好きな……?」
「どんな男性が好み?」
セレフィ様の声に、周囲からも視線が私に集中した。
「お互いに高めあえる方が素敵だと思います」
私は適当に答えた。面白味は無いだろうが、沈黙よりはマシかもしれないという判断だ。
「リリアは大人ね!」
セレフィ様は特に深く追及はしてこなかった。私が大人であるかは分からないが、確かに中身には前世知識があるから、一般的な十五歳よりは知識量は多いかもしれない。
その後は他のご令嬢の恋バナになったため、私は再び沈黙した。そろそろ許婚が決まったというご令嬢が出始めている。セレフィ様もお見合いをしているのを、私は知っている。護衛に駆り出される事があるからだ。国内の高位貴族と国外の王族らの間で、調整しているようだ。私には『好きな相手』などとお尋ねになるが、ご本人は政略結婚相手を探しているのが明らかである。
私も――マルスの結婚相手を早く探さなければ。まだちょっと早いだろうか?
マルスには幸せになってもらいたい。
そんなこんなで茶会は終わり、私はマルスと合流して帰宅した。
ちなみに、高等部は三年制で、十五歳から三年間通う。
二次性徴も終えた春、私は王立学園の高等部に進学した。学内には爵位関係は持ち込んではならないという学則があるが、それはあくまでも建前だ。高位貴族は、皆一組である。
私はセレフィ様と同じ教室で学ぶ事になった。とはいえ、席順は離れている。私は後ろの扉側、セレフィ様は中央だ。
男女の教室も別である。これは、通う科が違う事も手伝っている。男子は騎士科か魔術科が多い。経営科や外国語科が一部だ。女子は、教養科のみである。二年生になると、そこに加えて特別講義を受講可能で、そちらでは女子も座学で武術を学ぶ場合があるという。
……この王国において、基本的に女子は戦わない。一部の女性騎士が例外だ。私も例外だ……。そんな特別にはなりたくなかった。まったりと生きていきたかった。
なお、表向きは、私は特別講義も武術はとらない。あくまでもひっそりとした護衛にすぎないからだ。そもそも実戦経験だけを切り取るならば、私の方が既に学園の先生よりも敵を手にかけている数が多い可能性がある。私は乙女ゲームにバトル要素は不要だったのではないかと叫びたいが、ほぼミリしらなので、ヒロインにも訓練があったのかは知らない。
「本日は、生徒会との連絡係の決定をします」
担任のエヴァンス先生の声に、私はぼんやりとしていた思考の靄を振り払って前を向いた。淑女らしい淑女という感じの先生だ。
「二名です。立候補者は?」
先生の声に、教室が静かになった。私は雑用係なんて嫌だが、名誉あることらしいと事前にお茶会で繰り返しセレフィ様に教えられていた。
「私がリリアと共に立候補します!」
その時、セレフィ様が言った。視線が一気に私に集中した。え、聞いていないよ……。
「お茶会の席で、一緒に立候補すると約束したのです」
聞いていたらしい。聞いていなかったのは、私だったらしい。殴られたような衝撃を受けた。
「そうですか。では、お二人にお願いしようかしら」
先生は他の立候補者を募るでもなかったし、教室には拍手が溢れた。
「では、早速今日の放課後、活動に参加していらして」
断れる雰囲気ではなく、私は心の中で泣きながら、嬉しそうなセレフィ様を眺めていた。
――こうして、放課後が訪れた。
セレフィ様が私の机のところまでやってくると、麗しい笑顔を浮かべた。
「さて、行きましょうか」
「はい」
私は無表情で内心の面倒くさいという心境に蓋をし、静かに立ち上がった。セレフィ様と並んで学内を歩くというのは、実はほとんどない経験だ。一歩後ろをついていくと、人々が皆壁際に逸れて会釈してくる。女子校舎なので、女子ばっかりだ。生徒会は、中央塔にあるらしい。その塔を挟んで反対側が、男子校舎だ。
中央塔への渡り廊下を進み終えた時、門番が私達を見た。中央塔には、図書館などもあるのだが、許可証が無ければ通れないらしい。もっと小さな必要文献のみの資料庫はそれぞれの校舎にある。
セレフィ様が通行証を見せると、恭しく頭を垂れてから、門番が扉を開けた。堂々とセレフィ様は進んでいくので、私もその後に従った。
生徒会室に到着し、中へと入り、私はまずその場にいる人間の把握に努めた。そして、ちょっと気が抜けた。
「よく来てくれたな」
快活に笑っている男の先輩がいたのだが、私が知っている相手だったからだ。私の母方の叔父が近衛騎士団の団長をしているのだが、零部隊で経験を積ませるとして、内々に声をかけた生徒だ。そのように、この人物を前に紹介してくれたことがあった。つまり私と同じ部隊に所属している。向こうも気づいた様子だったが、微塵もそんな素振りは見せない。お互いに気づいてはいても知らんぷりだ。それが護衛の規則である。
「いいや、失礼しました。セレフィローズ第一王女殿下。生徒会役員をしている二年生のオズワルド・リュースと申します。リュース伯爵家の次男です」
「ごきげんよう、オズワルド先輩。お気を楽になさって」
二人がそんなやり取りをしているのを、私は見守っていた。一度促されたので、名前を告げるだけの挨拶をした。オズワルド先輩は、騎士科の生徒だったはずだ。この日は、その後新入生歓迎会が催されるという話を聞かされて終了した。
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