透明なカメレオン

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代役として正式に決定をしてから部活がない日も雪人と二人で練習することが多くなっていった。 雪人の演技はもう十分仕上がっている。 でも自分が納得するまでいつも練習に付き合ってくれた。笑うと意外と幼かったり、どうでもいい冗談も言う人なのだと初めて知った。 「今の良かったよ」 なかなか掴みきれなかった長台詞を言い終えると頭に手を乗せて雪人が褒めてくれた。 雪人は部員みなに優しいしこの容姿と演技力だ。当然慕われている。でもこんな風に誰かに触れているところは見たことがない。自分だけが特別なのではないかと思ってしまう。 憑依型の雪人とは違い、自分の演技はただの真似事だ。どこかで見た役者の模倣しているだけにすぎない。それでも雪人に褒められると少しでも良くなった気がした。 つくづく懲りない性格だと思う。 自分のセクシャリティについては小さい頃から理解していた。女子になりたいわけではない。しかし自分の恋愛対象は同性だった。 そして普通から外れている自分の好意は受け入れられることなどまずないのだということもわかっている。 公演を翌日に控えた稽古終わりに雪人に話しかけてみた。 「雪人先輩はどうしてあんなに役に成り切れるんですか?」 「え?透だってそうじゃない?」 「俺のは成り切ってる訳じゃなくてただ誰かの真似をしているだけです」 雪人の言葉が嘘には思えなかったが役に入りきれていないことは自分がよくわかっている。 「そうは思わないけど、でもその真似事自体出来ない人も多いと思うよ」 「演じている時はもう一人の自分がいて俯瞰して演じている自分を見てるんです。だから役に成り切って我を忘れるなんてこと今までで一度もないんです」 アイツも雪人と同じ演技をした。 スイッチが入ると別人になった。 同級生だったしライバル視してた部分もあったのだろう。アイツにはこんな風に素直に聞けなかった。 でも雪人は違う。 上級生だからという理由だけでなく雪人には変なプライドなど捨てて全てを預けてしまいたくなるような包容力があった。 それにこの人のことをもっと知りたかった。 雪人はどんな世界で演じているのだろう。 それがわかったらアイツの気持ちもわかったのだろうか。 「アドバイスになるかわからないけど俺は自分の体が透明になるようなイメージをいつもしてるよ」 「透明に?」 「透明人間みたく完全に見えなくなる訳じゃなくて体の輪郭はしっかりある。でも全身は透明で頭のてっぺんから色んな色水を足されて色が変わっていくようなイメージって言ったらわかる?」 大げさなジェスチャーをつけて雪人は説明してくれた。透明という言葉は雪人の透き通るように綺麗な容姿とよく合っていて想像しやすかった。 「出来るかわからないですけど、イメージはしやすいです。明日の公演、足引っ張らないよう頑張るのでよろしくお願いします」   「こちらこそだよ。明日楽しみにしてる。俺、透の演技好きだから」 「あっありがとうございます。あの俺も雪人先輩の演技好き…です」 思わず声が上擦ってしまった。 いつも穏やかなのに雪人はたまに射抜くような目をする。 その目で見つめられると体が動かなくなる。 勘違いしそうになる。 雪人も同じ気持ちなのではないかと期待してしまう。 決して溶けることのなかった胸の中にある氷がゆっくり溶け出してしまいそうだ。 それを阻止するように雪人に気づかれないように首を横に振った。 役の影響もきっとある。 透の役柄は主人公である雪人に忠誠を誓う腹心だった。お互い体と頭の中に役が染み付いて麻痺してるだけだ。錯覚を起こしているだけだ。 この公演が終わればまた裏方に戻る。 そしたらきっと目が覚めるに決まっているのだ。          
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