透明なカメレオン

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舞台袖から他の部員達とともにラストシーンを見守る。主役の雪人が天を仰ぎ、独白するシーンで無事に文化祭公演は幕を閉じた。 「お疲れ様」 ステージ裏で部員たちが互いの健闘をたたえあう。雪人に肩をたたかれるまで誰もいなくなった舞台をじっと見つめていた。久しぶりに立ったあの場所はやはり夢のようだった。 自分が間違いさえ起こさなければこれからも演劇を続けてもいいんじゃないだろうか。自然とそう思えるようになっていた。体の内側から湧き起こる熱にじっとしていられなかった。 「俺、飲み物買ってきます」 ステージの裏口から表に出る。 ここから一番近い自販機へと急いだ。 この高揚感はやはり演じていないと得られない。客席からの視線、そして何より演じている時の雪人の自分を見る目がたまらなかった。 自販機の前に立ちボタンを押そうとしたところで何も持っていないことにようやく気がついた。自分が思った以上に興奮しているのだと分かるとおかしくて「ふっ」と思わず笑いがもれる。 戻ろうと踵を返したところで誰かとぶつかった。 「うわっ!」 衝撃で相手も自分も後ろに少しよろめいた。 すぐに謝罪の言葉を発した。 「すみません!ちゃんと前見てなくて…」 そろそろと顔をあげる。 次の瞬間、自分の目を疑った。 「康太(こうた)…?」 「…透?」 そこにはアイツがいた。 背が伸びたのだろうか。同じだった目線が少しだけ高くなった気がする。 何でお前がここにいるんだ。 向こうも言葉にならないのか口を開けたまま固まっている。 今まさに忘れられそうだったのに。 綺麗な新しい記憶に塗り替えられそうだったのに。何で今また現れるんだよ。 あの頃に一瞬で引き戻されていく。 ー俺、透の演技めっちゃ好き!ー ーどうやったらあんな演じ分けられんの?ー ー本当すげー好き!カメレオンみたい!ー 中学の時の記憶が走馬灯みたく蘇る。 演技のことを褒めてくれてるんだってわかってた。でもあんなに好き好き言うからてっきりお前もそうだと思っていたのに。 ー俺も康太が好きだー 稽古終わりに康太に告白した。 最初は「なになに?俺の天才的な演技に惚れちゃった?」と冗談として受け止められた。 でも「そうじゃない」と真剣な顔で告げると、いつものおちゃらけた顔がみるみる変わっていった。 あの時の康太の目は忘れられない。 この世に同性相手にそんなこと言う奴いるのかって、頭大丈夫かって、そう言われている気がした。 戸惑いと同情と異性を恋愛対象に出来ない哀しい人間への哀れみの目。気持ち悪いだの暴言を吐かれて突き放された方がまだ良かった。 部室の奥にまだ他の生徒が残っていてこの無様な告白は翌日には部員全員に知られることになってしまった。 いたたまれなくなって透は数週間後に退部届を出した。 「なんでお前…ここにいんだよ」 気を緩めると泣いてしまいそうだった。 透は思い切り康太を睨みつけた。 「高校の先輩にすごい演技する奴がいるから見てこいって言われて…」 雪人のことだろう。 既にあの演技力は界隈では噂になっているようだ。一瞬でも康太が自分に会いに来たんじゃないかって期待した。自分自身に反吐が出そうだ。 「あっそ。じゃあな」 とにかくもう康太とは終わったのだ。 終わる?いやコイツとは何も始まってすらいない。早くこの場から立ち去りたかった。 「なあ、透!」 ちょうど康太の横を通り過ぎたところだった。振り向くと少し困ったような顔をしていた。 「あのさ、俺あの時…透にちゃんと返事してなくてごめん。透の言ってくれてる好きを理解するのが難しくてその本当に…」 「ああもういいから」 「透が演劇やめなくて良かった。今はあの主役の人のことが好き…なのか?」 無神経な言葉にプツリと何かが切れた。 まじで何なんだコイツは。何がしたいんだ。 俺の好きが理解出来ないんだろ? だったら何でお前がそれを知る必要がある? 「俺の告白に返事もしなかった奴が勝手に俺の気持ち決めつけんな!俺が雪人先輩のことどう思おうとお前に関係ないだろ!」 真っ赤になってムキになって怒鳴っていた。 それは肯定しているのと同じだとわかっていても止められなかった。 そして背後に雪人がいることに気がつかなかった。 「透…大丈夫?遅いから心配になって」 いつもの綺麗な顔が困ったように歪んでいるのを見て全て聞かれていたのだと悟った。 その顔を見ることが出来ず透はさっと目を逸らした。 きっと今雪人もあの目をしてる。 康太が透に向けた目と同じ。 好きな人が同性だというだけで、この世のものとは思えない、得体の知れないものを見る目で(あわ)れまれるのだ。 伝えるつもりなんてなかった。 この人とどうにかなりたいなんて望んでなかった。ただ隣にいられればいいと思っていたのに。 ただの先輩と後輩だった あの頃のあなたに会いたい。 時間は巻き戻せない。 言った言葉は取り消せない。 そんなことわかってる。 だったら演じるしかない。 ー心を透明にするー 雪人の言葉を思い出した。 「先輩?今の本気にしました?冗談ですよ、冗談。俺先輩のことは尊敬してますけどそれ以外の感情なんてないですから」 透は拳を握りしめると最後の締めに肩をすくめて笑って見せた。 「実は俺財布忘れちゃって。今取ってきますね」 横を通り過ぎる時、雪人が何か言いかけた気がしたけれど振り返らなかった。 どうかどうか上手く演じられていますように。 透明なカメレオンはただそれだけを願っていた。
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