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高校の入学式の朝、青く澄み切った春の空とは対照的に水野 透の心はどんよりとした曇天だった。
堅苦しい雰囲気の入学式が終わり思わず欠伸が出た。わさわざ自宅から一時間以上かかる高校を選んだのだ。通学してくるだけで疲れてしまう。同じ県内とはいえ地元から離れているのでもちろん知り合いはいない。教室では既にいくつかのグループが出来ていて、みな親しげに話している。きっと昔からの知り合いなのだろうと思った。
もともと暗い性格な訳ではないが中学時代のある出来事が人と距離を取る進路を選択させていた。とにかく昔の自分を知る人たちからは距離を取りたかった。誰も自分を知らない新しい地で新しいスタートを切りたかった。
教室での担任の挨拶とクラス全員の自己紹介が終わると餌を待っていた犬のように部活動の勧誘をする上級生たちが教室へ入ってきた。
透もいくつかの部から案内のパンフレットを押し付けられた。陸上部、水泳部、サッカー部…運動部はとにかく自分の部に優位になる生徒をもぎ取りたくて必死だ。
いくつか見て回ろうと教室を出て廊下を歩いていると一枚の紙が落ちていた。
拾い上げると演劇部の勧誘チラシで新入生の歓迎講演の時間が書いている。演劇だけはもうやらないと決めていたのに自分を導くようにしておいてあった紙切れが途端に憎らしく思えてくる。
時計を見るともうすぐその公演の時間が迫っていた。少し見るだけ、見るだけ、そう呪文のように言い聞かせて透は講堂へ足を向けた。
扉を開けると中は静まり返っていた。
客席の照明は消えちょうど舞台の幕が上がるところだった。透は出入り口に近い端の座席に腰掛けた。協議会でもこの高校の名は聞いたことがない。きっと大したことはないだろうと鷹を括っていた。
しかし次の瞬間、主役の男子生徒に釘付けになった。スラリとした長身に少し茶色がかったサラサラの髪、客席からもはっきりと分かるほど目鼻立ちが整っている。
さらに同じ男子とは思えない色白な肌が美しさを際立たせていた。見た目だけではない、演技力も確かなもので指の動き一つ一つ、呼吸の仕方まで役に成り切っていた。公演が終わるまでその男子生徒しか目に入らなかった。
あれだけもう演劇はやらないと決めていたのに舞台が終わると入部届を出していた。
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