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12.器用な狼の朝ごはん
朝目覚めると、ダリアはもう部屋に居なかった。
僕は半目を開けて天井を見つめる。
身体がなんだか重たくて、その原因を思い出そうと記憶を辿ったところで僕は昨日の夜のことを思い出した。あんな経験をした後で「狼の仲間内ではあれは挨拶と同じスキンシップだ」と言われたら流石に悲しい。
だけど、たとえダリアがそう言ったところで、僕はきっと曖昧に笑って「そうなんだ」と流すんだろう。そういう反応しか出来ない自分を情けなく思う。
(入り込み過ぎないようにしないと……)
この森の王であるダリアは、僕よりきっと色々なものを持っている。それは恵まれた体格とか整った顔立ちといった目に見えるものから、知能や運動能力などパッと見は分からないものまで様々だ。
彼が僕をそばに置いてくれていることが既に奇跡に近い。生贄として選ばれたことはつまり、その村で一番要らない人間だったという意味で。そんな役立たずを殺さずに生かしてごはんまで与えてくれるなんて、気まぐれでも有難いこと。
僕は、ダリアに望みすぎてはいけない。
いつ彼が心変わりしても良いように。
「ヒューイ、おはよう」
良い匂いにつられてキッチンへ続くドアを開けると、エプロンを着けたダリアがフライパンを振っていた。挨拶を返しながら中を覗くと、目玉焼きが二つ並んでいる。端では親指ほどの大きさのソーセージが炒められていた。
「美味しそう……」
「嫌いなものないか?」
「うん。なんでも食べます」
「良かった。お前は痩せてるからもっと食べろ」
「ふふっ、ダリアと比べたらね」
笑った僕をダリアはジッと見つめた後、フライパンをコンロの上に戻して火を消した。その場で見守る僕に向き直って、ダリアの両腕が背中に回る。
僕は昨日のことを思い出して固まった。
「無理させてごめん、痛みは?」
「………ん…大丈夫、」
「お前はいっつも大丈夫って言うから心配だ。つらかったら言ってくれ。いきなり嫌いになるのはダメだ」
「そんなこと、無いから……」
恥ずかしさで出て来る声はひどく小さい。
少しの間、子供を安心させるように背中を撫でると、ダリアは「分かったよ」と言って身体を離した。僕は失った体温を少し寂しく思ってしまう。
二人で席に着いて、ダリアから一つ一つの料理の説明を受けた。器用な狼は料理上手らしく、胡桃などの木の実を砕いて作ったソースを掛けると目玉焼きは食べたことのない御馳走に変わった。そのままでも美味しいけれど、僕はこの少し酸味のある甘いソースがすごく気に入った。
「今日は外を歩いてみよう」
「薪を集めるの?」
「それもあるし、この辺りの案内をしたい」
何かあった時に一人だと迷うだろう、と言われて素直に頷く。僕が一人で森を歩くことなんて自分の意思では起こり得ないと思うけれど、確かに知らないよりは知っておいた方が良い。
薄く切られたパンを二枚食べて、お腹がいっぱいになったところで昨日と同じく洗い物は僕がやると申し出た。役立たずの同居人だと思われたくないので、洗濯もやってみたいと言ったところ、ダリアは「そんなに張り切らなくて良い」と笑った。
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