29.完食の朝

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29.完食の朝

 翌朝、あまりの腰の痛みに僕は起き上がれなかった。  少し肌寒い部屋の空気に震えて、目を何度か瞬かせながら毛布の中に身体を沈める。ダリアはやっぱり今日も既に行動を開始しているようで隣には居ない。  どういうわけか、昨日の僕たちはタガが外れたように互いを求めた。というよりも正しくはダリアが僕を何度も抱いてくれたと言った方が良いかもしれない。  いつもは一度果てたら暫くはぼんやりとしたまどろみの中にあった僕の意識は、昨日は何故かずっと快楽の中を彷徨っていた。イってもイっても終わらないその甘い刺激は、地獄のような天国で、僕は自分の身体が本当に恐ろしくなった。  事実、少し泣いていたかもしれない。  情けないことこの上ないけれど、狼はめそめそと感情を垂れ流す僕を優しく包み込んで「悪いことじゃなくて何度も愛し合えるから良いことだ」なんて言っていた。言われた言葉の意味はよく分からなかったものの、ベッドから移動してシャワーを浴びながら何度目かの性交が始まった時、僕は身をもってその意味を理解した。  焼けたように喉がヒリヒリする。  何時間も川で泳いだみたいな倦怠感もすごい。  発声練習でもしようかと喉に手を当てて考えていたら、寝室の扉が開いてダリアが入って来た。 「おはよう。今日はもう少しゆっくりしてくれ」 「………うん、ごめん」 「謝るのは俺の方だ。いつもお前に無理をさせてしまう」 「無理なんかじゃないよ、僕が望んだんだ」 「ヒューイ……」  二、三歩近付いてベッドに腰掛けると、ダリアはとても自然な動きで僕にキスをした。まるで恋人同士がするみたいな、暗黙の了解のもとに行われるキス。唇が離れる最後の瞬間まで、僕は綺麗な狼から目が離せなかった。  いつも優しいダリアだけど、時には乱暴に扱われても良い。彼の気が立っている時、何かに当たらないと気持ちの整理が付かない時、どうしようもなく寂しい時に僕のことを使ってほしかった。この押し付けに近いお節介でダリアの気持ちが少しでも救われるなら、僕はそれで良い。 「ダリア、」 「ん?」 「嬉しかった。僕はもっとダリアの役に立ちたい」 「もう十分だよ。本当は昨日、お前にあんなことしたくなかった。怖がらせるって分かっていたし、傷付けるなんて…」  言いながら悲しそうな目が僕の身体に向けられる。  赤い花がたくさん咲いた薄い胸を、僕は両手で隠した。シャワーを浴びる際に脱がされたのか服を着ていない。眠気と疲れで昨日の終焉について覚えていないのだけど、それはきっとダリアも同じなんじゃないだろうか。 「大丈夫。それより、服を借りても良い?このままだと風邪を引いちゃいそうだよ」 「そうだな、ごめん。そういえばヒューイ、」  パッと伸びて来た手が僕の頬に触れた。 「最近やけに赤いな。水が合ってないのかもしれない」 「……ん、どうだろう。乾燥だと思うけどね」 「こんなに赤くなるものか?」 「僕は肌が弱いから。心配しすぎだよ」  ゆるく笑ってダリアの手を退ける。  内心ひどく動揺していた。いつの日か兎の獣人のレニに言われた言葉を思い出す。僕にとっての正解が、ダリアにとっての正解であるとは限らない。そんなの分かってる。  だけど、僕はこの時も自分のためにひた隠しにした。  そのことでダリアが後にどれだけ傷付くかも知らずに。
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