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39.地下世界
小さな針に刺されるような刺激で目が覚めた。
頭を動かして自分の置かれている状況を確認する。手枷や足枷が付いているわけじゃない、だけど何故か動きが封じられている。どうして?と思いながら目だけをキョロキョロ動かしていたら、爪先の向こうから声がした。
「ヒューイ様!やっとオキタですか?」
「えっと…え?えぇっ!??」
「驚くコエ大きいです。ドウシタ?」
「いや、え、それはこっちの台詞……」
僕は小首を傾げる小さな人間に言い返す。
僕の足元から姿を現したのは、握り拳ほどの大きさの小人だった。何人かの小人たちがお揃いのデザインの色違いの服を着て、僕の身体を這い上がって来る。
それは不思議な感覚で、僕は自由に動かない身体をよじってくすぐったい思いを堪えた。
「もうすぐダイジンが来ます」
「だいじん……?あ、大臣ってあの大臣?」
「ハイ。精霊王が戻るまでこのクニはダイジンが代理で統治していましタ。ダイジンとても喜んでいます」
「あの…精霊王って…?」
「ヒューイ様のコトです」
「ええっ!?」
僕はびっくりして変な声をあげてしまった。
「ぼ、僕は精霊王じゃないですよ!」
「ハズカシイないです。精霊王はスゴイしごとです」
「いや、凄いのは分かるんですけど、人違いというか…」
「ヒトチガイ?」
「僕じゃないです。僕は、ただの何も出来ない人間です。それに病気なので……あまり長くは生きられません」
「それナオリます」
「え?」
思わず聞き返した。
一番先に僕の頭の方へ辿り着いた小人が鼻の上までよじのぼって僕を見下ろす。小さなオレンジほどの大きさの頭に、ずんぐりむっくりの二頭身の身体。
険しい表情とその可愛らしい体型はあまりに不釣り合いで僕は少し笑ってしまう。そのことに少し怒ったようにムッと眉間の皺を深めた小人は鼻の上で地団駄を踏んだ。
「あ、痛いです!それは痛い!」
「精霊王!ジョウダンではないのです!」
「人間の世界のビョウキは早く治療するヒツヨウがあります。ダイジンが来たら精霊のイズミに行きましょう」
「あの…ここは何処なんですか?」
「ココは地下世界です」
ムンと胸を張って小人は答えた。
地下世界なんて聞いたことがない。
「この拘束を解いてもらえませんか?それに…僕の友人、狼の獣人はどこに……?」
「獣人は地下世界にハイレません」
「そんな!」
「ケモノの血は妖精のクニを汚しますカラ」
「彼は、ダリアは獣なんかじゃない…!」
大声を出すと、身体に登っていた小人たちが悲鳴を上げながらしがみついた。どうやら恐怖を与えてしまったらしい。
「ごめん…怒ってるわけじゃなくて、ただ、僕は僕の大切な人のことを悪く言わないでほしいんです」
「精霊王はケモノを愛しているのですカ?」
「…………、」
見上げる純粋な二つの目に、僕は言葉を詰まらす。
これは、なんていう気持ちだったのだろう。そういえば僕は今まで立ち止まって自分がダリアに抱く感情に向き合ったことは無かった。たぶん、逃げていたのだと思う。
ダリアはあんなに真っ直ぐに僕に接してくれていたのに。僕はただただ自分の病気のことがバレるのを恐れて、限りある関係だと線引きをしていた。そのくせ少しでも離れたり、彼が他の人のものになると思うとつらくて……
「そうですね…きっと、愛していました」
それ以上何も聞いてこない小人に感謝しつつ、僕は両目を擦る。擦っても擦っても、涙は枯れることなく溢れた。
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