45.月と狼◆ダリア視点

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45.月と狼◆ダリア視点

「おお、これはまた良い満月だこと。こんな夜にはカモミールティーなんか淹れて、糖度低めのチョコレートをチビチビ齧りたいものだよねぇ」  返事なんて返さなくても楽しそうに一人語りを続けるレニは空を見上げた後で振り返る。 「大丈夫?……なわけ、ないか」 「問題ない」 「うーん、医者の見解では問題大アリの顔してる」  何も答えることは出来なかった。  短い呼吸を繰り返しても、落ち着かない。  冷え切った外を歩いているのに、額からは汗が流れ落ちる。  月明かりが身体に染み込んでいって、毒みたいにコントロールを奪ってしまうのではないかと恐ろしくなった。何かを破壊してしまう前に拳を堅く握り締める。  自分が化け物と恐れられる由縁。  それは、きっと満月の夜に見せる凶暴な一面が原因だろう。どういう因果か、狼という種族は月と相性が悪い。新月のようにその光が届かない日は良いけれど、月が丸々と肥えてこの世界を照らす満月の夜には、狼たちは暴走する本能を抑えるために酷く苦しむことになる。  何もかも無茶苦茶にしてしまいたい、と。  盲目的な破壊欲求に突き動かされる。  それは薬のように身体に残るから、満月の翌日の朝なんかもフラフラの状態だった。だからああやってヒューイを傷付けてしまったのだ。あれが今日みたいな夜だったら、きっと目も当てられないことになっていた。 「あれ?」  前を歩いていたレニが驚きの声を上げる。  近付いてみると、兎が持ったカゴの中に集めた柊の葉っぱたちが魔法のように青白く発光していた。ウィルコフの言葉を思い出す。「地下世界への入り口は柊の葉が教えてくれる」と彼は説明してくれたはず。  周囲を見渡してもそれらしきものは見当たらない。  老いた兎に一枚食わされたのかと訝しんでいると、踏み出したブーツが枯葉の山に深く沈んだ。 「………なんだ?」 「見つけたみたいだね、僕たち…!」  嬉しそうに話すレニに顔を向ける間もなく、身体は宙へ浮く。わけが分からないままに高速の落下が始まった。巨大な滑り台を降りて行くみたいだ。  顔を掠めて通り過ぎる木の葉や石ころなんてものを目で追いながら、どんどんと薄暗い道を転がり落ちる。何かに捕まりたくても、手が掛けられそうなものは無い。  悲鳴というよりも感嘆の声が聞こえて来るから、きっとお節介な兎も一緒に落ちているのだろう。呆れて少し頬を緩めたら、始まった時と同様にその落下は急に終わりを迎えた。 「ーーーーっ!?」  柔らかな土の上に投げ出される。  上を見上げると、月は先ほどより遠い場所にあるような気がした。ここが地下世界なのだろうか?地下と名前に付くくせに月が出ているとはどういうことか。  木々が生い茂ったこの場所は、どうやら森の中のようだ。  冬場なのに白い葉がまだ枝に残っていることは不思議に思ったが、小人が居るような世界なのだから、これぐらいで驚くべきではないのだろう。  同じようにキョロキョロと辺りを見回すレニに手を貸して立たせたところで、枝が折れる小さな音を聞いた。すぐに音がした方を振り返る。 「………ヒューイ…?」  ぼんやりとした光に照らされて白い髪が輝く。  目線の先には、月を背負うように立つヒューイが居た。
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