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05.蜜の味◆ダリア視点※
「………んん…」
ヒューイと名乗る男は警戒心が薄いのか、出した食事を平らげた後で秘蔵の木苺の酒を勧めたところ、簡単に酔っ払ってしまった。
お手洗いから戻って来る際、ふらふらと壁に手を突きながらなんとか椅子に着席する彼を見てマズいことになったと思った。臆病そうなのに何故か逃げ出すことのないヒューイを家まで招いたは良いが、このまま此処に居させるわけにはいかない。
もう少しこの男のことを知りたいと思ったのに、家に居続けられると困るなんて矛盾した感情だと思う。しかし、赤ずきんと呼ばれる生贄の彼をどう扱ったら良いのか、正直なところよく分からなかった。
「ヒューイ、」
呼び掛けた声にアメジストのような薄い紫色の瞳がとろんとこちらを見上げる。思わず生唾を飲んだ。
「もう帰った方が良い。ここはお前が居る場所じゃない」
「………そうなんですか?」
「ああ。じきに夜が来る。森の夜は早いから、暗闇に包まれる前に森の入り口まで案内しよう」
「居場所なんて…帰ったところで無いですよ」
「?」
「僕はずっと一人だった。唯一の肉親ですら、その存在を疎ましがって僕を生贄として売り飛ばしたほどですから」
「………!」
驚いて目を見開くと、ヒューイはそんな反応は慣れっこだというように寂しく微笑んだ。
森の中で孤独な王として生きるのは決して楽しいことではない。しかし、目の前で諦めたように笑う彼のように、群れの中に居ながら己を虐げられ続けることもまた、同様もしくはそれ以上に辛いことは理解出来た。
「すみません、こんな話……もう帰りますね」
立ち上がろうとした拍子にぐにゃりと曲がったヒューイの細い身体を、慌てて両手で支えた。びっくりするほど軽くて、小柄とはいえど仮にも男なのに、と唖然とした。
迷惑を掛けてばっかりだ、と恥ずかしそうに言った彼はその白い手を伸ばして俺の手に重ねる。ひんやりと冷たい氷のような気持ち良さに心臓が跳ねた。
「手…大きいですね?」
「そうか……?お前が小さいんだろう」
「ははっ、そうかもしれません。僕は村の誰よりも貧弱ですし、きっとこんな身体は女にもモテない」
「そんなことは、」
慰めの言葉は続かず、ただ紫色に染まるその瞳に吸い込まれないように拳を握り直した。
死んだ父が居たら、なんと言うだろう。
儚げに微笑む目の前の男に対して、あろうことか自分は劣情を抱いている。相手は種族の異なる生贄の人間だ。差し出された生贄が男であることにきっと自分は怒るべきだし、そもそもそんな何の意味もないしきたりを守る馬鹿げた村人たちを軽蔑すべきなのに。
孤高の王は今まさに情欲の渦に呑まれつつある。
ああ、ほら、そんな目で見るから。
「……ヒューイ、本当にすまない」
「え……?」
抱き締めた身体は腕の中にぽすんと納まった。
シャツの上から手を這わして腰を撫でると、聞こえて来る声は抵抗ではなくまるで歓迎するように甘い。止めるにはもうどうにも押さえ込めそうになかった。
「……っん、どうしたの、なんで手…?」
「お前のことが欲しくなってしまった」
「そ…それって……あ、やだ、」
拒否の音を上げる声すらも厭らしくて、誰にも聞こえないと分かっていても、小さな唇にゆるく口付けて塞いだ。
部屋の隅に置かれたベッドの上にヒューイを下ろす。
何度も何度も啄むように頬から鎖骨にかけてキスをして、白いシャツのボタンに手を掛けた。羞恥心ゆえか、ヒューイは右手で顔を覆っている。
自分とて男相手にこうした行為を行ったことはない。何度か兎や狐の獣人相手にお互いの私利私欲を満たす目的で行為に及んだことはあったが、いずれも相手は女だった。
シャツをはだけて現れるのはつるんとした胸、白い肌の上には花びらのような色をした突起が並んでいる。想像していた以上に問題は無さそうで、むしろ早く早くと先を急ぐように込み上げて来るものがあった。
胸を触るとヒューイの口からはくぐもった声が漏れる。腕の中で悶える彼が、自分の与える刺激を快楽と受け止めていることを素直に嬉しく思う。
そこからはもう夢の中のようで。
ただ必死に互いの身体を貪った。
孤高の王が生贄と交わることで喜びを得るなんて、聞いて呆れる。
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