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52.エピローグ
ラディアータ王国のどこかに巨大な地下世界があるなんてことを、いったい何人の国民が知っているだろう。
この地下世界には小人や精霊といった人間と共存出来なかった生き物が集っている。彼らは精霊王と呼ばれる王様を崇拝して、朝は草花の上に載ったツユを集めて、夜は酒を飲んで陽気に踊り明かす。
そうして地下世界の奥の奥。
白い森と呼ばれるその場所には狼が住んでいる。
墓地としての役割も果たす白い森の中で、狼は一人で暮らす。朝は鶏の鳴き声で目を覚まし、夜はお城から漏れる灯りを見ながら眠りに着く。
だけど、今日の狼は一人ではなかった。
「あのね、それで僕が間違えて睡蓮の花を折っちゃったんだ。そうしたら小人の長老がすごく怒ってね」
一生懸命に身振り手振りを交えて話をする白髪の小柄な男こそ、地下世界を統べる精霊王だ。熱が入りすぎて咽せてしまった男の肩を、隣に座る背の高い男がさすった。
「ヒューイ、ゆっくりで良いよ。まだ時間はある」
「うん……そうだね。ごめん、嬉しくってつい」
しゅんと項垂れる精霊王の頬に触れると、男は短く口付けた。赤くなった精霊王がパクパクと口を動かす。
大きな男の方は茶色い髪の上に動物のような耳が付いている。尻からはふわふわとした尻尾が垂れ下がっていて、口数の少ない男とは裏腹にこちらは嬉しそうに揺れていた。
「ダリアはどう?風邪を引いたりしていない?」
「ああ。俺は変わらず元気だよ、ここは食う物に困らない」
そう言って指差した先にある台所には、たしかに色々な食糧が積み上げられている。これらの食べ物は定期的に小人たちが玄関の前に置いて行くもので、はじめこそ警戒していた彼らも、最近では新しい住民を受け入れたようだった。
精霊王と狼の獣人。
彼らは地下世界の中で生きる恋人たちだ。
狼の獣人は月の満ち欠けに伴って変動する凶暴性に悩まされているため、二人は新月の夜にのみ会うことが許されていた。
限られた時間、限られた場所。
だけども二人は幸せだった。精霊王は新月を心待ちにして、日々の業務に取り組んだ。狼もまた、白い森の番人として美しい森の手入れに勤しんだ。
二人の関係を認めた地下世界の一部の研究者が、狼の凶暴性を抑える薬の開発に乗り出したのは数週間前の話。まだ双方には知らされていないが、精霊王の即位三周年を記念した式典の日に進呈されるとか。
「ダリア、こんなに幸せで良いのか心配になるよ」
「………そうだな。俺も時々そう思う」
穏やかに微笑む狼の獣人に、背伸びをして今度は精霊王からキスをした。
狼は面食らったように目を丸くした後、勢いよく精霊王を抱き上げる。何度か繰り返される口付けは徐々に深くなっていき、ベッドの上で二人は笑い合った。
ここは地上よりもゆるやかな時の流れる地下世界。
狼と精霊王の甘い夜はまだ明けそうもない。
◆ごあいさつ
ご愛読ありがとうございました!
途中更新が滞ったりしましたが、書き切ることが出来たのは栞を動かしていただけた皆様のおかげです。
アルファポリスの恋愛大賞に向けて二作ほど新しいお話を書いています。現在連載中のメイドと主人の話と、まだこちらに転載していない異世界召喚ものです。ご縁がありましたら宜しくお願いいたします。
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