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07.温かなスープと夜
「すごい、本当になんでも出来るんですね!」
森のことや生活について質問を繰り出す僕に答えながら、いとも簡単に食事の準備をこなし、綺麗に配膳まで済ますダリアを見て拍手を送った。
テーブルの上にはスライスされたパンに色々な種類のきのこが入ったスープ、緑色の何かの葉物野菜を茹でたサラダが並んでいる。ガラス瓶に入ったピンク色の液体をサラダに掛けるように言われた時はギョッとしたけれど、どうやら森に自生する花の花弁を煮詰めたジャムのようなものらしい。舐めてみると不思議な酸味がして、美味しかった。
「そんな大したものじゃない。ただ煮たり茹でたりしただけだ。珍しいこともないだろう?」
「珍しいです、とっても……」
それらは僕が今まで食べてきたどんな食べ物よりも魅力的に見えた。カビの生えていないパンを僕は久しぶりに見た気がする。
きっと父は想像もつかないぐらい苦労していたのだ。
働きにも出ずに病気がちな息子の面倒を見続けるのは暗澹で、出口の見えない迷路の中を進むようなものだったのだろう。忘れたくても、今でも頭に浮かぶのは、家を出る時に金貨を受け取っていた父の笑顔。
僕は、最後に彼の役に立ったのだろうか。
「ヒューイ?」
名前を呼ぶダリアの声で我に返った。
「ごめんなさい、考え事をしてました。すごく美味しそうで嬉しいです。申し訳ないです…僕なんかのためにこんな…」
「それ、止めてくれないか?」
「え?」
「すぐに謝るのと、自分を卑下するの」
「あ……ごめんなさい、」
「ほら、まただ。今度からお前が謝ったりする度に俺がその口を塞いでやろうか。どうだ?良い案だと思うが」
「なっ……!!」
赤面する僕の前でダリアは狡い顔をして笑う。
心臓がひっくり返りそうなぐらい鼓動が速くなるのを感じる。僕は気を紛らわせるために、テーブルの木目を真剣に眺めているフリをした。所々に付いた爪痕は何だろう。彼は犬でも飼っていたのかもしれない。
僕は自分の悪い癖について気を付けるとダリアに告げて、着席した。同じく席についたダリアと二人で手を合わす。こうして僕たちを引き合わせてくれた超人的な存在に、感謝の気持ちが届けば良いのにと思った。
生贄として届けられた先での生活が、それまでの生活よりも豊かだなんて変な話だ。僕はいつか取って食べられたりしないのだろうか。
「ん…!おいしい……!」
とろとろのスープは上からチーズが掛かっていて、一口スプーンで運ぶと口内を幸せで満たした。
じんわりと身体を内側から温めるような。
夢中で食べ進めるうちに、僕はダリアが自分の食事に手を付けずにこちらを見ているのに気付いた。パンのかけらを飲み込んで、僕は首を傾げる。
「どうしましたか?」
「いや……良いなぁ、と思って」
「えっと…?」
「誰かと一緒に食うのも悪くないな。知らなかったよ、食事がこんなに楽しい時間だったなんて」
あまりに嬉しそうにそう言うから、言葉に詰まった。
実際のところ僕はまだダリアに対して警戒心を持っているし、完全に心を許しているわけではない。これはたぶん人間の本質的なものだと思う。良い人だと分かっているけれど、手放しで信用出来ない。
だから、そんな顔をされると僕は心が痛んだ。
「……食べましょう、本当にすごく美味しいんです。冷めないうちに食べないと勿体無いですから」
「そうだな。ヒューイの言う通りだ」
そうやって言いながらも顔はニコニコと僕の方を向いたままだ。僕はダリアを受け入れたい心と簡単に人を信じられない不安を流し込むように、スープを口に運んだ。
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