01.赤ずきんは目覚める

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01.赤ずきんは目覚める

 なんだろう、これ。  僕はどうしてこんな場所に居るんだろう。  ぼんやりと顔を上げた先で、美しい男がこちらを見下ろしている。満月みたいなイエローの瞳が少し細められて男は綺麗に笑った。僕が女の子だったらたぶんドキドキしたんだろうな。  男はそのまま手を伸ばして僕の上体を起こした。  軽々と持ち上げられる自分の身体が恥ずかしい。 「ヒューイ、すまなかったな」 「………?」 「昨日は随分と無理をさせただろう」 「えっと…僕は何か貴方の仕事を手伝ったりしたんでしょうか?重いものを運んだりとか?」  痛む腰を手で押さえつつ尋ねると、男は目を丸くさせて笑い出した。軽やかな声が空気を揺らす。良い声だ、と僕は思った。  そういえば僕は森の中で道に迷ったのだ。  聖なる森を支配する恐怖の狼への生贄、赤ずきんとして選ばれてここまで来た。道中で助けてくれたこの綺麗な男と酒を交わしたところまでは思い出せるけれど…… 「すみません、助けてくれたお礼をしたんでしょうか?僕は身体が弱いので、あまり役には立たなかったと思います」 「いいや。お前は随分と役に立ったよ」 「本当ですか?」 「お陰で俺も良い気持ちになれたし、久しぶりに興奮した」 「興奮……?」  首を傾げながら僕は自分のシャツがはだけていることに気付いたので手でボタンを止めようとした。そこでふと、いくつか散らばる赤い痕に気付く。 「あれ?」  不思議に思って覗き込もうとした顔に、男の冷たい手が添えられた。クイッと上に向けられた視線の先に息を呑む。  どうしてこの男には耳が生えているんだろう。  黒くて獣のような耳はまるで、狼みたいだ。 「あ……の、名前を聞いても良いですか?貴方は…」 「俺はダリア。この森の王だ」 「……王様?」 「お前たちは狼人間って呼ぶんだったか?」 「………っあ、」  怖くなって逃げ出そうとした腕をダリアの大きな手が掴む。僕はもうひどく震えていて、上がる呼吸は過呼吸を起こす寸前だった。情けないなんて自分で分かっている。 「来るな!化け物!こっちへ寄るな…!」 「本当か?昨日はあんなに愛し合ったのに」 「……は?何を、言って……」 「俺の名を呼びながら善がるお前はとても煽情的だった。忘れたとは言わせない」  言いながら近付いて来る男の厚い胸板を両手で押し返す。自分の倍以上はありそうな屈強な腕を見て、僕はことさら恐ろしくなった。  嘘であってほしい。  僕を助けてくれた親切な男が、狼人間だったなんて。 「ヒューイ、口を開けて。キスをしよう」 「……っひゃだ、やめ、」 「ん…良い子だ」  重なった口が息苦しくて涙が滲んだ。  赤ずきんが狼に捕まるなんて、まるで童話じゃないか。
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