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柊二は、野乃花にスマホを返し、
彼女の前にしゃがみ込み、視線を合わせた。
「野乃花ちゃん、落ち着いて聞いてほしい」
真剣な表情の柊二は、
野乃花の手を取り、ゆっくり彼女の絶望を伝えた。
「野乃花ちゃんのご両親が、事故に遭ったそうだ」
「えっ」
野乃花の動揺に、柊二の手が彼女の手のひらを、
落ち着かせるように滑る。
「今、病院に運ばれたそうだよ。それで聞きたいんだけど、野乃花ちゃんは、親戚の方がどこにいらっしゃるか、知ってるかな?」
「いいえ、どっちの祖父母も、もう亡くなっていません。両親は、どちらも一人っ子で、母の家紋を合祀して、菩提寺に祀ったと言ってました」
「そうか、じゃあ、いないってことだね。分かったよ。じゃあ、病院に行こう。僕が連れて行ってあげるから」
「はい。お願いします」
そう言って、野乃花はすぐに準備をする。
柊二は、息子の和真に言葉を投げた。
「和真、済まないが留守番しててくれ。今日は、帰れないかもしれないから、戸締りをしっかりして。いいな?」
「うん、大丈夫だ。行ってらっしゃい、気をつけて」
柊二は、和真の肩をぽんとひとつ叩き、
上着と車のキーを手に取ると、
「じゃあ、野乃花ちゃん、いくよ」
「はい」
野乃花は、柊二の運転する車に乗り、病院に急いだ。
□◆□◆□◆□
病院につくと、そこは阿鼻叫喚の響く地獄だった。
病院のホールには、警察の人や、看護師さん達が慌ただしく走り回り、
怪我をした人たちが、椅子に座り、頭を垂れていた。
どうやら、事故に巻き込まれたのは、野乃花の両親だけではなく、
その人数は、かなりの数だった。
柊二は、そのうちの警察官の一人を捕まえて、
「水瀬の家族です。この子の両親が事故に遭ったと連絡があったのですが」
「…お待ちください」
柊二は、ずっと野乃花の肩を摩り、
不安な心を落ち着かせるよう心掛けていた。
そして野乃花は、目の前の光景を、
どこか遠くの出来事のように見ていた。
暫く待っていると、病院の関係者だろうかやって来た。
「水瀬さんのご家族ですか?」
「はい。彼女のご両親が事故にあったと連絡がありまして」
「こちらです。どうぞ」
そう言われ、病院の奥へと案内される。
案内人は、どんどん病院の奥へと進んでいった。
先ほどの入り口での喧噪とは違い、
そこは、真っ白な廊下で、静寂が支配していた。
案内人は、柊二に視線を向けて、
「あの、ご遺体の損傷が激しくて、お嬢様にお見せするのは…」
ごいたい…?
野乃花は、一瞬意味が理解できなかった。
嫌な言葉だなと思っていると、
柊二が、野乃花に再び視線を合わせて聞いてくる。
「野乃花ちゃん、僕が先にご両親にお会いしてきていいかな?」
「……?一緒じゃ駄目なんですか?」
「うん。逢わせないとは言ってないよ。ただ、少しだけ待っててほしい」
「………はい、じゃあ待ってます」
柊二は、野乃花の髪をするっと優しく撫でて、
案内してくれた人と二人で、
野乃花の両親がいる部屋に入っていった。
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