帰還命令

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帰還命令

北部の朝は早い。雪が積もればまずは雪かき……らしい。私も外套や帽子、マフラー、手袋など、防寒具一式を貸してもらって、アセナさんやヘレンお姉さんたちと外に繰り出した。 「明け方はうんと寒いだろう?大丈夫そう?」 「はい、アセナさん」 あの時とは違う、ちゃんとした装備に、優しいアセナさんたちもついているから。 「じゃぁ、シェリカちゃんは小さなスコップ使ってね」 ヘレンお姉さんから渡されたのは、小さな……と言いつつも柄が結構長い。しかしお姉さんたちが持っている幅の広いスコップよりは小さめ……と言うことみたい。 「屋根の上とか、深いところは男どもがやってくれてるから、私たちは掻き分けた雪や浅いところを掻くよ」 「はい!アセナさん!」 早速アセナさんたちに続いて、スコップを動かす。新雪とは言え、スコップの受け皿全体にこんもり積めば、少し重たい。それを積もった雪山に積むのも一苦労だ。王都にいるだけじゃ分からない、北部の朝の風景だ。 しかし……。 「んーっ」 上の軽い雪を掻いた後は、ちょっと重たい雪になってきたかも。持ち上げようとあくせくしていたら、不意に声がかかる。 「何だ、シェリカも雪掻きに参加してたのか?」 「……隊長さん!」 隊長さんもまた防寒をしつつ、手には鉄スコップを持っていた。 「ほら、もっと腰を入れねぇと」 するとスコップを雪に刺した隊長さんが、私の身体を抱き締めるようにして、一緒にスコップの柄を掴んでくれる。 「えと……っ」 「ちゃんと膝曲げて、腰を落とさないと、痛めるぞ」 「は、はい!」 せっかく教えてくれているのだから、集中しないと……っ。 隊長さんが教えてくれたように一緒に雪を掻き上げれば、確かにさっきよりは楽になったかも。 「ほら、できた」 「あ、ありがとうございます!」 「いや、いいよ。俺たちはこの後ウォーミングアップするけど、シェリカはヘレンたちと中戻ってな。雪掻きの後は冷えるから、あったかくしとけよ」 「はい!分かりました!」 そして団員の皆さんの元に向かう隊長さんに手を振って見送れば、隊長さんが集合をかけると、アセナさんや団員の皆さんがウォーミングアップを始める。 「シェリカちゃんは中おいで。ココア入れてあげるから、先に飲んでおこう」 「は、はい!」 ヘレンお姉さんたちに呼ばれ、中に入ればその温かさに、やはり外は冷えていたのだと自覚する。そしてココアをいただけば、ホッとする気分に浸る。 「初めてで疲れたんじゃない?」 お姉さんたちに問われれば。 「いえ、まだまだ、元気です!」 それに、想像していた以上に汗はかいたものの、乾燥しているせいか、すでに乾いている。 むしろ朝のいい運動になった気分だ。 脚は……普段使っていない筋肉も使ったから……少し筋肉痛が心配だけれど。 「そう?頼もしいな。今日もよろしく頼むよ」 そう、お姉さんたちが微笑む。 「もちろんです!」 今日も隊長さんたちのために、しっかりとポーションを作って、付与魔法も付けて、お役に立たねばと決意したのだった。 ※※※ そして慌ただしくも雪掻きや食事のお手伝い、ポーション作りをして過ごしていれば。討伐が終わり、公都への帰還命令が告げられたのはその翌日のことだった。 「お疲れさまです!」 「……シェリカ」 私の顔を見ると、座れとばかりに視線を送ってくる。何か……かわいい……?いやいや、隊長さんに向かってそんな……! 素直にすとんと腰かければ、隊長さんがちょっとだけ嬉しそうな表情をする。 一方で相変わらず正面でニヤニヤしているのが副団長さん。 「まぁとにかく、シェリカちゃんも討伐中お疲れ~~。申請しといたシェリカちゃんの仮入団許可、ニキアス団長から出たから安心して!魔法伝令で来てたよ~~」 「はい!ありがとうございます!」 これで正式に、隊長さんたちと公都に行けるんだ……!仮ではあるけれど、みなさんの一員になれたのは、ちょっと嬉しいかも。 「あ……そう言えば隊長、これ団長から来てたよ。公都から早馬で届いた」 食べながらふと、副団長さんが隊長さんに差し出したのは……一枚の封筒……?しかもやけに質のいい紙を使っているようだ。 それに早馬って……?魔法伝令の方が早いのに、わざわざ、何故封筒を届けに来たのだろう……? 「何だこりゃ……仮入団許可と一緒に魔法で寄越せばいいだろうに」 隊長さんもそう思ったみたいだ。しかし、それが必要ないような内容……?でもそれなら、何故わざわざ遠征途中に送って来たのだろうか。 「んーと……」 封筒の中身を取り出し、ペラリと中の便箋を確認した隊長さんは……次の瞬間ぐしゃりと手紙を握りつぶした……っ!? 「ねぇねぇ、隊長~~。何て書いてあったの~~?」 ニヤニヤしながら問う副団長さんを、隊長さんがキッと睨む。 「くだんねぇ」 そう言うと隊長さんは魔力で短く文字を書くと、それをふいっと指ではじけば、すっと書き消える。 あれが……魔法の伝令……。 今のは伝令と言うよりもお返事っぽいけれど、遠距離のやり取りにも便利なのだ。 「団長に何て送ったの?」 副団長さんが問えば。 「ふん……っ。決まってんだろ。『返品しとけ』だ……!」 へ……返品って。……何か面倒なものでも届いたんだろうか……? ※※※ ――――翌朝。 いよいよ公都に向けて出発する日がやって来た。 出立は夕方にぶつからないように早朝で、凍る以上に凍えそうな冬の空気だ。 「ん~~っ!やっと公都に還れるねぇ。遠征も嫌いじゃないけど。雪原の中を走り回ってると、どうしてか……人寂しくなるんだよねぇ」 軍馬に乗り込み、伸びをしながらアセナさんが告げるのだが、次の瞬間自身の隣の騎手をキッと睨む。 「……で、何で隊長がシェリカちゃん乗せてるのよ!私が乗せたかったのに~~~~っ!」 私もてっきりアセナさんの軍馬に乗せてもらうのだと思ったのだが……。今乗せてもらっているのは、隊長さんの軍馬である。 あの時はとにかく必死だったから気にならなかったけれど……こうして落ち着いた時に隊長さんの前に乗せてもらうと……何故かドキドキする。思えば……男性にこうして密着するなんて。 うぅ……隊長さんは戦闘要員だから鎧を着けているとはいえ……しかし男性の身体であることには変わりなくて。弟だとしても……幼い頃に添い寝してあげて以来よ……! 「別にいいだろうが。どの軍馬でも変わんねぇ」 「じゃぁ私でもいいのに~~」 「だよねぇ隊長が自分の馬に重傷者以外をのせるなんて珍しいよねぇ」 頬を膨らませるアセナさんに続き、ひょっこりと顔をみせた副団長さんが告げてくる。 「だったら今すぐお前を重傷者にして乗せてやろうか?もちろん縄でぐるぐる巻きにしてくくりつけて運ぶが」 ひぃっ!?くくりつけるって……重傷なのに!?いや、ただの冗談だろうけど。 「いやぁ、それは勘弁~~」 そして副団長さんはケラケラと笑い、そして気を取り直したのうに告げる。 「公都まで飛ばすとは言え、夕方までに中継地に着かなくちゃね~~。そろそろかな~~」 ん……?副団長さん、今飛ばすって……? そして次の、瞬間。 「出発すんぞー」 隊長さんの気だるげな声とは裏腹に……軍馬たちが嘶いたと思えば……っ、急火力で軍馬が発進する……っ! 「ひゃぁ……っ!?」 思えばそのための軍馬なのである。魔物にも恐れず騎手と共に立ち向かい、寒さにも暑さにも強く、そして通常の馬とは比べられない程に速く、そして長く走れ、人だけではなく荷馬車すら構わず曳けること。 防寒着を着込んでいるとはいえ、風が刃のように襲いかかる全速力……っ! これはクリスティナが愛用している美容ポーションを使った化粧水がなくては……肌がカッピカピになりそうである……。そう言えばあの肌トラブルに万能な美肌ポーション……原材料の提供私だけど……今月は卸してないからそろそろなくなるんじゃないかしら?いや、別になくなったって構わないわよね。あげてやる義理はない……!ははは……と苦笑いを漏らしていれば。 「ビビったか?」 ギクッ。抑揚のない声が上から降ってくる。――――いや、その、驚きはしたけども……! 「び、ビビってなんて……ませんから……っ!」 少しだけ見栄を張ってしまった。 「あ、寒くなったらいつでも私の前においでね~~」 そしてアセナさんがそう言ってくれた途端。 「やるかよ」 何故か隊長さんが不満げに口を尖らしていたものの、アセナさんも周りも穏やかで。冬の空気は冷たいのに、こう言う温かいのは……何だか新鮮である。
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